の‐ざわ‥ざは【野沢】
- 〘 名詞 〙 野原にある沢。野辺の沢。
- [初出の実例]「真菅おふる野沢のをだを打返し種まきて鳧しめはへてみゆ」(出典:国基集(1102頃))
出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例
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野沢
のざわ
長野県東部、佐久市(さくし)の一地区。旧野沢町。佐久盆地の中央にあり、付近農村の買い物町であった。鎌倉時代の豪族伴野氏(とものうじ)の城館跡があり、金台寺(こんだいじ)には国指定重要文化財の一遍上人絵伝(いっぺんしょうにんえでん)が伝えられている。また、跡部(あとべ)の西方寺(さいほうじ)では、3月17日に一遍上人ゆかりの跡部踊り念仏(国指定重要無形民俗文化財)が行われる。
[編集部]
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
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野沢
のざわ
長野県東部,佐久市の中心市街地の1つ。旧町名。 1961年近隣町村と合体して佐久市となる。標高 650m前後の千曲川左岸の扇状地上を占め,佐久盆地の最低部にあたり,周辺は水田地帯。佐久鯉の発祥地で,第2次世界大戦前までは水田養殖が盛んであったが,現在は大型の池で共同飼育する。商店街は国道 141号線 (佐久甲州街道) に沿い,千曲川右岸の中込と連続している。
野沢
のざわ
福島県西部,阿賀川流域の段丘上に発達した西会津町の中心地区。旧町名。 1954年近隣9村と合体して西会津町となる。越後街道の宿駅として繁栄。桐材加工場や製材工場などがある。かつての市場町の面影は,1月の「野沢初市」や,6月の大山祇神社例祭に合せて行われる「野沢大山春まつり」などに偲ぶことができる。
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野沢[温泉]【のざわ】
長野県北東部,下高井郡野沢温泉村にある温泉。単純泉,硫黄泉など。40〜90℃。湯量豊富。天暦年間(947年―957年)の開湯と伝える。妙高・戸隠・黒姫などの連山を望み,スキー場としても有名。上越新幹線越後湯沢,飯山線戸狩(とがり)野沢温泉駅からバス。
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普及版 字通
「野沢」の読み・字形・画数・意味
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世界大百科事典(旧版)内の野沢の言及
【温泉】より
… 最後に,温泉にかんする民俗伝承についていえば,各地の温泉が鳥獣,高僧,英雄,神仏などによって発見されたとする話が多くみられる。たとえば熊の湯や鷺の湯として知られるのがそれで,そのほか長野県の鹿教湯(かけゆ)はシカ,静岡県の伊東はイノシシ,長野県の野沢はクマ,岐阜県の平湯はサル,山形県の湯田川や佐賀県の武雄はシラサギによって発見されたといわれる。また吾妻,修善寺などが空海によって,草津,山中,東山などが行基によって,五色,伊豆山などが役行者(えんのぎようじや)によって,そして飯野,別府,湯沢が日本武尊によって発見されたという。…
【野沢温泉[村]】より
…千曲川下流南岸,毛無山(1650m)の北麓に位置し,その東側を奥志賀林道が縦断する。中心の野沢には行基によって発見されたと伝える野沢温泉(単純硫化水素泉,42~92℃)があり,湯治場として発達した。集落内には,大湯,熊の手洗湯,赤湯など湯仲間によって管理された12の共同浴場があり,麻釜(おがま)と呼ばれる湯畑もある。…
【西会津[町]】より
…町域の大部分は山地で,冬季の積雪は2mを超す豪雪地帯である。中心の野沢は阿賀川南岸の段丘上に位置し,近世は会津藩の廻米の主要輸送路であった越後街道の宿場町で,村上藩主や新発田(しばた)藩主の参勤交代用の本陣が置かれ,阿賀川舟運の拠点としてもにぎわった。明治以後,屋根葺きや酒造りの出稼ぎが多くみられた。…
※「野沢」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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