鹿磯村(読み)かいそむら

日本歴史地名大系 「鹿磯村」の解説

鹿磯村
かいそむら

[現在地名]門前町鹿磯

道下とうげ村の北西はつヶ川河口北側の海岸に立地し、外浦に面して良港がある。中世志津良しつら庄の内。天正八年(一五八〇)頃と推定される九月二日の本願寺印判状(本誓寺文書)に「カイソノコウ」とみえ、教如に銀子を献納している。同一五年七月四日の年貢算用状案(刀禰文書)では、志津良庄の前年分の年貢高一千五五二俵余のうち「十俵 かいそう・藤右衛門」とみえ、鹿磯居住の藤右衛門(刀禰氏)が利家から一〇俵扶持を与えられていたが、この扶持は同一〇年一〇月からで(「貞享二年藤右衛門由緒書」能登国古文書)、以降代々山廻役を勤めた(諸岡村史)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む