日本歴史地名大系 「鹿股宿」の解説 鹿股宿かのまたしゆく 宮城県:桃生郡河南町鹿股村鹿股宿[現在地名]河南町鹿又広淵(ひろぶち)村と大森(おおもり)村(現河北町)を結ぶ道と、石巻(いしのまき)町と和淵(わぶち)村を結ぶ道が交差する。正保元年(一六四四)北上川西岸に七三戸の宿場を設け本(もと)町と称した(河南町誌)。「安永風土記」によると、さらに承応元年(一六五二)町割が行われて三町となり、新田(しんでん)町は寛文三年(一六六三)、横(よこ)町は延宝元年(一六七三)に宿駅になった。本町三町六間、新田町三町四〇間、横町一町二八間。里程・賃銭は、広淵へ二里二四町一四間、本荷五三文、軽尻三五文、賃夫二四文、和淵へ二里二一町一二間、本荷七一文、軽尻四七文、賃夫三六文、大森村辻堂(つじどう)へ二五町一四間、本荷二一文、軽尻一四文、賃夫一一文、石巻へ二里一町一三間、本荷四九文、軽尻三一文、賃夫二一文。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by