麻布一本松町(読み)あざぶいつぽんまつちよう

日本歴史地名大系 「麻布一本松町」の解説

麻布一本松町
あざぶいつぽんまつちよう

[現在地名]港区元麻布もとあざぶ二丁目・麻布十番あざぶじゆうばん二丁目

麻布台地南部の南東斜面にある片側町だが、飛地をもち、区画がずれて側が変わっているともみえる。西は麻布善福寺門前西あざぶぜんぷくじもんぜんにし町・伊勢菰野藩土方家下屋敷、東は本善ほんぜん寺、南は麻布坂下あざぶさかした町・同台雲寺だいうんじ門前賢崇けんそう寺・徳正とくしよう寺・長伝ちようでん寺、北は小普請組神谷邸・書院番組太田邸・大法だいほう寺など。

古来阿佐布あざぶ村のうちで町内の坂の頂部に近い路傍に松があるので町名とした。寛文八年(一六六八)初めて家作改、正徳三年(一七一三)町奉行支配になっても新地奉行掛であったが享保四年(一七一九)町奉行改になり、同一六年町家作を許された。ただし鷹場で年貢ほかの諸役を勤める。町内間数は南側が東西表田舎間六七間余・裏幅六一間余、南北は奥行が東方一八間・西方同三間余。北側は東西表田舎間三六間余・裏幅折回し四八間余、南北は奥行が東方二五間余・西方一一間余、総坪数一千二六六坪余、寄付地ともで、武家屋敷寺院などを間に挟む。家数八五、うち地主一六・家守一〇・地借二・店借六一(数値は史料どおり)、飛地家数を含む。自身番屋は起源不明、家並沽券地にあり麻布台雲寺門前と組合。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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