麻布三軒家町(読み)あざぶさんげんやちよう

日本歴史地名大系 「麻布三軒家町」の解説

麻布三軒家町
あざぶさんげんやちよう

[現在地名]港区西麻布(にしあざぶ)三―四丁目

麻布桜田(あざぶさくらだ)町の南から南西方にある町屋。麻布西部の台地上の元地、西斜面下の飛地、笄(こうがい)川に沿う飛地の三ブロックがあった。元地は間に横町を挟んで二区画になるが片側町である。元町は東と西が道を隔てて賄組屋敷、西は同じく三河奥殿藩松平(大給)家下屋敷、南が美濃苗木藩遠山家下屋敷、北は麻布桜田町・賄組屋敷。裏町とよぶ離れた地所は、東が松平家下屋敷、南が小普請組永倉邸、西と南は下渋谷(しもしぶや)村麻布町入会百姓地、北が陸奥湯長谷藩内藤家上屋敷。裏町の西、笄川東岸の飛地は東が麻布桜田町飛地と下渋谷村麻布町入会百姓地、南は道を挟んで鉄砲組屋敷。

古来一帯が阿佐布(あざぶ)村のうちで、家数が三軒からおいおい増してきたので三軒家町と唱えたと伝える。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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