黄瀬文吉(読み)きのせ ぶんきち

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「黄瀬文吉」の解説

黄瀬文吉 きのせ-ぶんきち

1786-1843* 江戸時代後期の一揆(いっき)指導者。
天明6年生まれ。近江(おうみ)(滋賀県)甲賀郡杣中(そまなか)村の庄屋天保(てんぽう)13年幕府の検地増徴のねらいに抗して野洲(やす)・甲賀・栗太(くりた)3郡の農民約1万2000人の蜂起(三上山騒動)を指導,検地の「十万日延期」の証文をかちとった。事件後首謀者のひとりとして捕らえられ,同年12月京都二条城で獄死した。57歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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