黒木清次(読み)クロキ セイジ

20世紀日本人名事典 「黒木清次」の解説

黒木 清次
クロキ セイジ

昭和期の詩人,小説家 エフエム宮崎社長。



生年
大正4(1915)年5月2日

没年
昭和63(1988)年8月22日

出身地
宮崎県西諸県郡須木村

学歴〔年〕
宮崎師範〔昭和12年〕卒

主な受賞名〔年〕
上海文学賞(第1回)「棉花記」,宮崎県文化賞〔昭和41年〕

経歴
昭和13年谷村博武らと同人誌「龍舌蘭」を創刊。14年中国に渡り、18年小説「棉花記」で上海文学賞を受賞、芥川賞候補となる。戦後、出版社を経て、25年宮崎日日新聞社入社。37年取締役、43年常務、48年専務、52年社長を歴任し、59年エフエム宮崎社長となる。この間38年「乾いた街」がH氏賞候補になった。著書に「黒木清次小説集」、「蘇州の賦」、詩集「麦と短饉」「風景」がある。平成2年未刊詩を収めた「黒木清次詩集」が刊行された。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

関連語 学歴

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「黒木清次」の解説

黒木清次 くろき-せいじ

1915-1988 昭和時代の詩人,小説家。
大正4年5月2日生まれ。詩を富松良夫に,小説を中村地平にまなぶ。昭和13年生地宮崎県の文芸誌「竜舌蘭」の創刊にくわわり,のち主宰した。「棉花記」は芥川賞,「風景」はH氏賞の候補になる。宮崎日日新聞の編集局長,社長を歴任。昭和63年8月22日死去。73歳。宮崎師範卒。詩集に「乾いた街」,小説集に「蘇州の賦」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「黒木清次」の解説

黒木 清次 (くろき せいじ)

生年月日:1915年5月2日
昭和時代の詩人;小説家。エフエム宮崎社長;宮崎日日新聞社社長
1988年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

今日のキーワード

ドクターイエロー

《〈和〉doctor+yellow》新幹線の区間を走行しながら線路状態などを点検する車両。監視カメラやレーザー式センサーを備え、時速250キロ以上で走行することができる。名称は、車体が黄色(イエロー)...

ドクターイエローの用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android