中村 地平
ナカムラ チヘイ
昭和期の小説家
- 生年
- 明治41(1908)年2月7日
- 没年
- 昭和38(1963)年2月26日
- 出生地
- 宮崎県宮崎市
- 本名
- 中村 治兵衛
- 学歴〔年〕
- 東京帝国大学美術史科〔昭和8年〕卒
- 経歴
- 学生時代同人誌「あかでもす」「四人」を発行。井伏鱒二に師事し、昭和7年「熱帯柳の種子」を発表。9年都新聞社に入社し文化部記者として2年半勤務し、のち日本大学芸術学部講師となる。この間、日本浪曼派に参加し、12年「土龍どんもぽっくり」、13年「南方郵信」を発表。戦時中は陸軍報道班員としてマレーに1年間滞在する。戦後は「日向日日新聞」の編集総務を経て、宮崎県立図書館長、のち宮崎相互銀行社長となった。主な著書に「小さな小説」「長耳国漂流記」「台湾小説集」「義妹」「八年間」などのほか、「中村地平全集」(全5巻 皆美社)がある。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
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中村地平
なかむらちへい
(1908―1963)
小説家。本名治兵衛。宮崎市生まれ。旧制台北高等学校を経て1933年(昭和8)東京帝国大学美学科卒業。在学中、津村秀夫・信夫(のぶお)兄弟、植村敏夫(としお)と同人誌『四人』を発行。『作品』に発表した『熱帯柳の種子』(1932)で注目される。卒業後、都新聞社に入社、また井伏鱒二(いぶせますじ)に師事。『日本浪曼(ろうまん)派』にも加わり、『土龍(もぐら)どんもぽつくり』(1937)は郷土色豊かな作品。『南方郵信』(1938)や『長耳(ちょうじ)国漂流記』(1940~41)は南方に取材して浪漫的な作風を示す。44年宮崎に疎開、「新風土記叢書(ふどきそうしょ)」中の『日向(ひゅうが)』(1944)などもある。第二次世界大戦後は『義妹』(1947)や『八年間』(1950)で現実的な作風を結実させ、宮崎県立図書館長を務めるなど地方文化の振興にも力を尽くした。
[高橋春雄]
『『中村地平全集』全五巻(1971・皆美社)』
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
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中村地平 なかむら-ちへい
1908-1963 昭和時代の小説家。
明治41年2月7日生まれ。井伏鱒二(ますじ)に師事,「土竜(もぐら)どんもぽつくり」「南方郵信」など地方色ゆたかな作品を発表する。戦後は日向(ひゅうが)日日新聞社編集総務,宮崎県立図書館長などをつとめながら「八年間」などをかいた。昭和38年2月26日死去。55歳。宮崎県出身。東京帝大卒。本名は治兵衛。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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中村 地平 (なかむら ちへい)
生年月日:1908年2月7日
昭和時代の小説家
1963年没
出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報
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