黒桂村(読み)つづらむら

日本歴史地名大系 「黒桂村」の解説

黒桂村
つづらむら

[現在地名]早川町黒桂

西之宮にしのみや村の東から北にかけての山地を村域とし、集落は早川右岸の緩斜面に立地する。東は早川村大原野おおはらの村、北は黒桂河内つづらごうち川の谷を挟んで新倉あらくら村、西は一〇〇〇―二〇〇〇メートル級の山塊が連なり駿河国に接する。早川入一八ヵ村の一。当地から南方ほうにかけての早川右岸の山々は中世末期には金の産出がみられ、天文三年(一五三四)穴山信友は某に宛てて「つゝら山」「はう山」の山稼を督励し、代官に任ずる旨の判物を出している(同年六月四日「穴山信友判物写」甲州古文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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