龍乗院(読み)りゆうじよういん

日本歴史地名大系 「龍乗院」の解説

龍乗院
りゆうじよういん

[現在地名]高知市比島町二丁目

比島ひじま山南西麓にある。天台宗。一乗山と号し、本尊元三大師。もと潮江うしおえ村にあって、慶長六年(一六〇一)遠州掛川から山内氏の土佐入国に従って来国した日讃が開創。慶安四年(一六五一)住僧快珍が薊野あぞうのの陽貴山国清こくせい寺に移ったために以後無住となった。しかし寛文九年(一六六九)二代藩主山内忠義の墓地が営まれることとなり、現在地に移った。「南路志」によると国清寺の隠居寺とされ、寺領三人扶持、新田役知三〇石を得ていた。

寺宝に「瀬昇りの太刀」があり、曾我五郎が富士の裾野で父の仇を討った時の太刀といい、この太刀を高岡の川へ投げたところ川の瀬をのぼったという伝えがある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む