龍尾寺(読み)りゆうびじ

日本歴史地名大系 「龍尾寺」の解説

龍尾寺
りゆうびじ

[現在地名]四條畷市南野六丁目

権現(ごんげん)川上流を境に南の飯盛(いいもり)山と対峙した小高い山頂に南面して建つ。起雲山と号し曹洞宗。本尊正観音。かつては今の地よりさらに東方、観音(かんのん)山にあったが、のち現在地茶臼(ちやうす)山に移った。明和四年(一七六七)当時の住職慶道の寺伝によれば、当寺の濫觴は行基に始まり、聖武天皇の勅願所で大伽藍であったが、三好長慶が飯盛城に拠った時その菩提所となり、兵火にかかって焼失。当地弥勒(みろく)寺の僧好雲は由緒ある当寺の衰退を悲しんで同寺を弟子に譲り、慈眼(じげん)寺(野崎観音、現大東市)の嶺南の弟子となって再建に着手、領主三好氏の援助を得て再興した。観音山の旧地は集落から遠く隔るので、のち現在地に移し禅宗に転じたといい、これは寛文三年(一六六三)のことだという(四條畷市史)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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