吉田 穂高(読み)ヨシダ ホダカ

20世紀日本人名事典 「吉田 穂高」の解説

吉田 穂高
ヨシダ ホダカ

昭和・平成期の版画



生年
大正15(1926)年9月3日

没年
平成7(1995)年11月2日

出生地
東京

学歴〔年〕
一高理科〔昭和24年〕卒

主な受賞名〔年〕
シェル美術賞3等賞〔昭和31年〕,ルガノ国際版画ビエンナーレ優秀賞(第7回)〔昭和37年〕,ソウル国際版画ビエンナーレ東亜大賞(第2回)〔昭和47年〕,世界版画コンペティション(シスコ)〔昭和48年〕,山口源賞大賞〔昭和62年〕,紫綬褒章〔平成2年〕

経歴
昭和26年頃から版画を始める。28年日本版画協会会員。30年米国、メキシコキューバを旅行。42年頃から石版、銅板シルクスクリーン木版の技術併用を試みる。52年中南米を、53年タイ・インドネシアを旅行。ルガノ国際版画ビエンナーレ、世界版画コンペティションなど版画界の国際賞を多数受賞。学生時代には短歌同人誌を創り、新歌人会にも所属していた。著書に「版画の技法」「たのしい造形木版画」など。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「吉田 穂高」の解説

吉田穂高 よしだ-ほだか

1926-1995 昭和後期-平成時代の版画家。
大正15年9月3日生まれ。吉田博次男,遠志(とおし)の弟。一高卒業後に木版画をはじめ,昭和28年日本版画協会会員。木版にシルクスクリーン,写真製版などを併用する前衛的な技法を開発。47年ソウル国際版画ビエンナーレ展で東亜大賞を受賞するなど,国際的に活躍した。平成7年11月2日死去。69歳。東京出身。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「吉田 穂高」の解説

吉田 穂高 (よしだ ほだか)

生年月日:1926年9月3日
昭和時代;平成時代の版画家
1995年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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