朝日日本歴史人物事典 「佐々木盛綱」の解説
佐々木盛綱
生年:仁平1(1151)
鎌倉前期の武将。近江国(滋賀県)佐々木庄を本領とする秀義と源為義の娘の子。平治の乱(1159)後,父や兄弟と共に相模国の渋谷重国の許に身を寄せ,仁安1(1166)年より源頼朝に仕え,治承4(1180)年の挙兵にも参加。以後,元暦1(1184)年の備前国(岡山県)児島の戦などで戦功を重ね,その功により左兵衛尉に任官,越後・伊予両国の守護に任じられた。頼朝の信頼も厚く,その死後は出家して西念と号したが,源頼家に所領を没収され上野国磯部に隠居した。しかしその後も建仁1(1201)年の越後の城氏の反乱の鎮圧や,元久2(1205)年の京都守護平賀朝雅誅殺などで活躍した。
(三田武繁)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報