1655~60年のポーランド‐スウェーデン戦争のポーランド側の通称。ウクライナ・カザークの反乱やロシア軍の侵攻に悩まされていたポーランドをスウェーデンが急襲し,ほぼ全土に新教国(スウェーデン,プロイセン,トランシルヴァニア)の軍があふれた。この災禍は信仰の自由を認めるポーランドへの神罰と認識された。オリヴァの和約(1660年)でポーランドの領土は旧状に復したが,その没落と反宗教改革の勝利を決定的にし,スウェーデンはバルト帝国を確立した。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...