大田原富清(読み)おおたわら とみきよ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「大田原富清」の解説

大田原富清 おおたわら-とみきよ

1836-1862 幕末大名
天保(てんぽう)7年7月7日生まれ。丹波綾部(あやべ)藩(京都府)藩主九鬼隆都(くき-たかひろ)の次男大田原広清(ひろきよ)の養子となり,嘉永(かえい)4年下野(しもつけ)(栃木県)大田原藩主大田原家13代。大坂加番をつとめた。文久2年9月2日死去。27歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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