精選版 日本国語大辞典 「文安」の意味・読み・例文・類語 ぶんあん【文安】 室町時代、後花園天皇の代の年号。嘉吉四年(一四四四)二月五日に改元、文安六年(一四四九)七月二八日、次の宝徳となる。出典は「書経‐堯典」の「欽明文思安安」。 ぶんなんブンアン【文安】 ⇒ぶんあん(文安) 出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例
日本の元号がわかる事典 「文安」の解説 ぶんあん【文安】 日本の元号(年号)。室町時代の1444年から1449年まで、後花園(ごはなぞの)天皇の代の元号。前元号は嘉吉(かきつ)。次元号は宝徳(ほうとく)。1444年(嘉吉4)2月5日改元。1444年は辛酉革命(しんゆうかくめい)の年にあたる1441年(嘉吉1)の4年後で甲子(かっし)の年。甲子は徳を備えた人に天命が下される革令(かくれい)の年で、変乱が多いとされることから、先例にならい甲子革令を防ぐ目的で改元が行われた(革年改元)。『晋書(しんじょ)』『尚書(しょうしょ)』を出典とする命名。文安年間の室町幕府の将軍は空位。1441年(嘉吉1)の嘉吉の乱で6代将軍足利義教(よしのり)が赤松満祐(みつすけ)に暗殺された後、長男の足利義勝(よしかつ)が7代将軍となった。義勝は1443年(嘉吉3)に死去、義教三男で義勝の同母弟足利義政(よしまさ)(8歳)が将軍に選出されたが、正式な将軍就任は元服を迎えた1449年(宝徳1)であった。◇「ぶんなん」とも読む ぶんなん【文安】 ⇒文安(ぶんあん) 出典 講談社日本の元号がわかる事典について 情報