網走支庁(読み)アバシリシチョウ

日本歴史地名大系 「網走支庁」の解説

網走支庁
あばしりしちよう

面積:一〇六八九・四八平方キロ
北見(きたみ)市・網走(あばしり)市・紋別(もんべつ)市、紋別(もんべつ)郡雄武(おうむ)町・興部(おこつぺ)町・西興部(にしおこつぺ)村・滝上(たきのうえ)町・湧別(ゆうべつ)町・上湧別(かみゆうべつ)町・遠軽(えんがる)町・丸瀬布(まるせつぷ)町・白滝(しらたき)村・生田原(いくたはら)町、常呂(ところ)郡佐呂間(さろま)町・常呂(ところ)町・端野(たんの)町・留辺蘂(るべしべ)町・置戸(おけと)町・訓子府(くんねつぷ)町、網走(あばしり)郡女満別(めまんべつ)町・東藻琴(ひがしもこと)村・美幌(びほろ)町・津別(つべつ)町、斜里(しやり)郡小清水(こしみず)町・斜里(しやり)町・清里(きよさと)町

北はオホーツク海に面し、東・南部は東北東から西南西への千島火山脈、西部は北北西から南南東への北見山脈によって弓状に囲まれ、湧別川・渚滑(しよこつ)川・網走川・常呂川・斜里川など北流する主要河川沿いにやや開けた平地と山地からなり、オホーツク海沿岸に濤沸(とうふつ)湖・網走湖・能取(のとろ)湖・サロマ湖などの大小湖沼が点在する。当支庁は明治三〇年(一八九七)一一月網走斜里常呂紋別役所の廃止により網走郡北見町(現網走市)に設置され、旧北見国の紋別郡・常呂郡・網走郡・斜里郡を管轄した。

前近代における当管内の産業は場所請負人により漁業が営まれていただけである。畑作は運上屋や番屋の周りのほか、アイヌが所々で野菜・粟などをわずかずつ作っていたにすぎず、明治一五年半沢真吉が湧別で、町田孫六が網走で開墾を行ったのが、専農経営の最初とされている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「網走支庁」の意味・わかりやすい解説

網走〔支庁〕
あばしり

「オホーツク総合振興局」のページをご覧ください。

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