改訂新版 世界大百科事典 「きんちゃく(巾着)網」の意味・わかりやすい解説
きんちゃく(巾着)網 (きんちゃくあみ)
規模の大きい代表的な巻網類の一種。現在でも広く使用されている。魚群をまいたのち網裾を巾着のように締めて捕獲する構造のものである。アメリカで開発されたこのきんちゃく網を,最初に日本に紹介したのは関沢明清であった。彼はその梗概をアメリカの漁業報告から訳出し,1881年(明治14)2月《中外水産雑誌》に掲載したのをはじめ,紹介記事の発表や講演を行った。時あたかも沖合操業のできる高能率漁網が求められているときであったから,そのような漁網としてきんちゃく網が着目されたのであった。その技術導入について,関沢に次いで功績があったと思われるのは,北海道の技師伊藤一隆である。彼は1886年水産事情取調べのためアメリカに出張した際,きんちゃく網についても調査をし,88年に復命書で報告し,またきんちゃく網の試作と試験操業を行った。その試験は成功しなかったが,その後もきんちゃく網の導入普及に彼の尽力は大きかった。
日本におけるきんちゃく網導入の成功は,岩手県宮古湾岸鍬ヶ崎の大越作右衛門によってかちとられた。彼は1888年《農商工公報》に掲載された関沢明清のきんちゃく網についての説明を読み,それが優良な漁網であることを確信して試作したという。初め失敗を繰り返し,その網で操業してくれる漁夫もない状態であったが,それに屈せず努力を重ね90年にはサケきんちゃく網,91年にはイワシきんちゃく網の操業に成功した。それまで南部方面ではイワシ小舌網という大規模な有囊の巻網が盛んに使用されていたが,きんちゃく網のほうが優れていることが明らかとなったので,この地方できんちゃく網がまず普及し,さらにまもなく全国的に普及していった。千葉県で開発された改良揚繰(あぐり)網より2~3年おくれてのことである。両者は同類の巻網類であり,網の規模はきんちゃく網のほうが大きかったし,網の構造上でも差があったとはいえ,その後の日本漁業にもった意味はともに大きかった。
執筆者:二野瓶 徳夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報