アッバースエクバール(その他表記)`Abbās Eqbāl

改訂新版 世界大百科事典 「アッバースエクバール」の意味・わかりやすい解説

アッバース・エクバール
`Abbās Eqbāl
生没年:1896-1955

近代イランの歴史家,文学者テヘランのバーザール職人の子に生まれ,大工仕事をしながら町の寺子屋マクタブ)に通った。その後も苦学を続け最高学府ダーロル・フォヌーンを卒業した。このような生い立ちは彼の歴史学を民衆性豊かなものにした。1925年,ソルボンヌ留学。帰朝後,テヘラン大学教授に就任し,雑誌《ヤードガール》の編集,重要ペルシア語文献の校訂代表作モンゴル史》等の出版に携わった。ローマで客死。
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

関連語 坂本

20世紀西洋人名事典 「アッバースエクバール」の解説

アッバース・エクバール
‘Abbās Eqbāl


1896 - 1955
イランの歴史家,文学者。
元・テヘラン大学教授。
テヘラン生まれ。
大工仕事をしながら寺子屋に通い、苦学をし、大学を卒業する。この生い立ちが彼の歴史学を民衆性豊かなものにした。1925年ソルボンヌに留学する。帰国後、テヘラン大学教授となる。雑誌「ヤードガール」の編集や重要ペルシャ語文献の校訂に携わる。代表作に「モンゴル史」など。

出典 日外アソシエーツ「20世紀西洋人名事典」(1995年刊)20世紀西洋人名事典について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む