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歴史学 れきしがく historiography and historical methodology; Geschichtswissenschaft

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

歴史学
れきしがく
historiography and historical methodology; Geschichtswissenschaft

人間の過去の社会的生活の状態および変遷を研究する学問。歴史学が対象とするものは過去の人間の経験的事象であるから,直接には認識することができない。実在の証拠となる史料を媒介として認識するものであるから,史料の発見,収集,確定が歴史学の中核的な研究方法となる。

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デジタル大辞泉の解説

れきし‐がく【歴史学】

歴史を研究の対象とする学問。

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百科事典マイペディアの解説

歴史学【れきしがく】

史学。広義に〈歴史〉に関わる知的営為,狭義に19世紀以降確立された近代的・実証的な専門学の一つ。過去の出来事の連鎖としての歴史(事実あるいは存在としての歴史)は,一定の仕方で認識され叙述されて初めて知となる。
→関連項目年代学

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世界大百科事典 第2版の解説

れきしがく【歴史学】

歴史をもたない民族はなく,広義の歴史叙述ないし歴史研究は古くから諸民族にみられるが,本項では近代の歴史学のあり方をヨーロッパ,日本,朝鮮,中国について史学史として概観する。なお,〈歴史〉の項目では,無文字社会をふくめて諸地域における歴史意識や歴史叙述のあり方を展望しているので,あわせて参照されたい。
【ヨーロッパ】

[歴史学の誕生]
 ヨーロッパにおける歴史学の成立は,自然科学の成立と同様,近代の所産である。

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大辞林 第三版の解説

れきしがく【歴史学】

歴史を研究の対象とする学問。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

歴史学
れきしがく

われわれが「歴史」というとき、それは過去に起こったなにかできごとをさしている。しかしそれはいまはもうない。それについて書いたものがあるだけである。その記述によって過去の事実を知ろうとする。それが歴史学である。[神山四郎]

「歴史」の二つの意味

だから歴史ということばには「起こったこと」res gestaeと「起こったことの記述」historia rerum gestarumという二つの意味がある。語義からいうとドイツ語のGeschichteは前者にあたり、英語のhistoryは後者にあたる。しかしこの二語は内容によって使い分けられているのではなく、どちらも二つの意味をもったまま使われている。むしろその両義性が歴史ということばの本質である。
 哲学者ヘーゲルは、歴史をみるのに「記念」から「内省」へ進まなくてはならないといった。過去の偉業の記念が記録を残すが、それがそのまま歴史ではなく、それをどう読むか、その記録の意味を考えるとき歴史ができるというのである。確かに歴史には「事実」と「記述」が、その記述には「記録」と「意味」が重なり合っている。[神山四郎]

事実の発見か構成か

歴史家のランケは、歴史家は事実がどうあったかをただ示すだけだといった。そしてそのために歴史家は自己を消して事実に語らせるべきだといった。これは19世紀の初めに、それまで歴史の事実が政治や道徳の教訓に使われていたのに対して、事実を事実のためにみろといったまでで、その限り歴史家の姿勢としては正しい。
 しかしそのことから、歴史を過去の事実の復原だと思ったり、事実をありのままに書けると思うなら間違いである。事実は「もの」ではなく「こと」である。「こと」の模写はできない。人間の行為はそのまま記述に再現できない。あったとおりに語るといっても、歴史家は三十年戦争のことを30年かけて語るわけではない。そのなかで意味のあることだけを取り出し一定の文脈で語る。しかもその事実はみな歴史家によって解釈されている。歴史記述のなかには生(なま)の事実はない。解釈という加工された事実があるだけである。
 事実の所在を教えるのは史料だが、史料は自分で語るわけではない。史料に語らせるのは歴史家である。歴史家は史料にないことを語れないが、史料はどのみち材料で、それからどうやって事実のイメージをつくるかである。解釈の違いによってそのイメージはかならずしも同じではない。歴史の事実は一つではない。
 また歴史家は現在にいて、事実は現在解釈されてつくられたものだから、歴史の事実は現在にあるといってもいい。哲学者のクローチェは、あらゆる歴史は現在の歴史であるといった。時代が変わり知識が変われば事実も変わる。歴史は書き換えられるのである。
 だから歴史は「事実の発見」というより「事実の構成」というべきだろう。事実の模写や再現ができない以上、発見論は無理である。確かな史料に基づき正しい推論がされる限り構成論が正しい。[神山四郎]

史実の真

では、史料の情報からどうやって本当の事実を知るのか。史実の真は何か。言明が「真」であるためには論理的に二つの場合がある。一つは、言明にあたる事物が対象にあるならその言明は真であるという「対応的真」。もう一つは、事物対象がなくても関連する諸言明の間で矛盾がなく論理的整合が得られればその言明は真とされる「整合的真」。歴史の事実は対応する事物が少ないから、その記述は大部分整合的真にならざるをえない。たとえば、破壊し尽くされて何も残っていない古代カルタゴの歴史は、ローマ側の情報処理で真とすることができるように。
 このように整合的真は解釈の合理性にあるのだから、合理的思考力のないところに史実の真はない。しかしそれは論理的保証だけだから、事実の実証のためには、言明に対応する事物を求められるだけ求める必要がある。史料の発見と遺物の発掘が歴史研究に先だって行われているのはそのためである。しかし整合論は構成論を支える。[神山四郎]

歴史観の働き

歴史家が事実を解釈するとき、そこには一つの知識が働く。それが歴史観である。歴史観とは白紙の事実に色をつけるようなものではなく、事実そのものを構成する原理である。それは歴史家の見方を決めるもので、まず歴史家めいめいの視点の違い、好みや信条や思想などの先入観が見方に偏りをおこさせ、事実を人によって違ったものに構成させる。
 しかしまた、それを是正するものもある。説明仮説というもので、個々の事実を説明するとき前提にするさまざまの概念、定義、法則などの一般命題である。それは各種の専門科学がつくったもので、歴史家は対象に応じてそれらを借りて個々の事実を説明する。その説明はだれがしても同じになる。それが歴史の客観的記述というものである。
 歴史学は法則をつくらないが、法則によって説明する。法則をつくるだけが科学ではなく、法則によって説明することも科学だとすれば、歴史学はそういう科学である。しかし専門科学に寄生する科学である。この説明仮説は、先入観によるゆがみや偏りを是正する働きをもっているから、歴史の科学的性格を強めるものである。そしてそれは専門諸科学の発達につれて発達する。50年前、100年前のと比べて現代の歴史記述がずっと精緻(せいち)になったのはそのためである。
 しかしそうした既成概念や一般命題から説明できない微妙な個体のありさまや前例のない事実についてはどうするのか。それは「理解」という追体験的・同感的認識によってとらえられる。歴史の事実は、きれいに説明されるより不可解なまま理解されるほうが多いから、大方の歴史記述は理解的記述であるが、それでも科学の進歩につれてしだいに「理解」は「説明」にとってかわられてゆく。それが歴史科学の進歩である。[神山四郎]

科学と芸術としての歴史

しかし説明の正確さだけが歴史学のメリットではない。それは事実の実証をするが、正確さを求めて対象をますます細分化する方向に進む。しかし歴史記述はその半面、個々の事実をまとめて一つの全体として示すもう一つの仕事がある。それは歴史の叙述に欠くことのできないものである。
 もともと歴史学には固有の対象はない。過去のできごとの政治、経済、法制、宗教、道徳、慣習、芸術などのどれを対象とすることもできる。またそれらが絡み合う複合的なものをそのまま対象とすることもできる。歴史家は自分のテーマでそのどれかを切り取り、どれかにスポットをあてて、自分のビジョンでそれを一つの全体として示すのである。そういう全体像を構成する原理は何か。それは類概念による論理的包摂とは違う。小さな場面を大きな場面が包む具体的包括である。たとえば、画家が対象をカンバスのなかに取り込む構図の取り方のようなもので、構想力とでもいうべき直観的・美学的なものである。歴史が科学であると同時に芸術であるといわれるのはそのためである。これは人文科学としての歴史学の基本的性格であって、科学時代にもその性格は変わらない。
 かつて歴史の本は修辞学の一つとして読まれていた。それはヘロドトスやタキトゥスのような古典史家の著作を名文の手本として読んだのである。しかしそういう叙述の文体の芸術性は科学時代に薄れたが、歴史叙述の構想の芸術性は依然として生きている。[神山四郎]

新しい歴史学

昔は哲学が諸学問の王であるといわれたように、歴史学は人類のあらゆる過去の番人と思われていた。しかし知識の進歩は学問の配置図を変えた。進歩に伴う知識の分化は歴史学のうえにも及んだ。かつての歴史学の領分は分解して、政治史、経済史、法制史、思想史などがそれぞれ独立した。また歴史学の補助科学とされていた地理学、古文書学、考古学などもそれぞれ自立して一つの専門学となった。このような分化につれて、いま歴史学プロパーの対象は何かと改めて問い直されている。とりわけ社会科学の発達は歴史学の領域を侵食したが、歴史学はいまでは社会科学の協力なしにはやっていけない。社会科学が社会の構造や形態を理論化するのに対して、歴史学はそれを現実に具体化する事件史を書くという形で両者はかみ合っている。
 しかし歴史叙述の構想の原理は社会科学のなかにはない。そこに一つの哲学または歴史観が要請される。したがってこの科学時代にも、歴史記述は歴史家の歴史観の違いから、ただ一つの事実を示すことはむずかしいが、それでも共存的な国際社会化が進むにつれて人々の間に共通の立場がより広くとられるようになるから、それに伴って斉一な記述に歩み寄る見込みはある。とはいえ、新しい社会に新しい生き方を求めて新しい知識が古い知識を乗り越えてゆくのにつれて、そのつど過去を解釈し直し、歴史が書き換えられる可能性はつねに未来に開かれている。[神山四郎]
『E・H・カー著、清水幾太郎訳『歴史とは何か』(岩波新書) ▽W・H・ウォルシュ著、神山四郎訳『歴史哲学』(1978・創文社) ▽A・シャフ著、森岡弘通・木戸三良訳『歴史と真理』(1973・紀伊國屋書店)』

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世界大百科事典内の歴史学の言及

【社会科学】より

…宗教学や言語学や芸術学などは,社会学,心理学に還元される部分(宗教社会学,宗教心理学等々)以外は,人文学に属するものと考えておきたい。最後に歴史学は,人文学と社会科学にまたがる広大な学問で,社会科学に属する部門は経済史,政治史,社会史,法制史などとして,それぞれの個別社会科学の歴史部門を構成する。 社会科学はこれまで,科学史家のT.S.クーンが自然科学に関して考えたような〈パラダイム〉,すなわち競合しあう諸学説をしりぞけて当該分野のすべての研究者の支持を集め,かつ当該分野のあらゆる問題を解決することのできるほどの包括性をもった学説というものを有してはこなかった。…

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