改訂新版 世界大百科事典 「イブンジャマーア」の意味・わかりやすい解説
イブン・ジャマーア
Ibn Jamā`a
生没年:1241-1333
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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…たとえばマーワルディーは,支配者がシャリーアに従って政治を行うならば,カリフは王権に合法性を与えるべきであるとし,またガザーリーは,共同体の秩序維持にあたるスルタンを,カリフは無条件で承認すべきであると主張した。のちには妥協と追認のカリフ論を批判するイブン・タイミーヤのような思想家も現れたが,大方のウラマーは現実に対して次々と譲歩を重ね,ついにはイブン・ジャマーアのように暴君の容認にまでいたったのである。
[国家の構造]
カリフやスルタンによる統治(ウィラーヤ)の実態についてみると,アラブ帝国の時代にはアミールが征服地の農民から租税を徴収し,そのなかからアラブ戦士に俸給(アター)を支給するというシステムがとられた。…
※「イブンジャマーア」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...
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