日本大百科全書(ニッポニカ) 「ウェイツ」の意味・わかりやすい解説
ウェイツ
うぇいつ
Tom Waits
(1949― )
アメリカのシンガー・ソングライター。カリフォルニア生まれ。1970年代以降、異色のシンガー・ソングライターというより、アメリカン・ミュージックの異端児としてユニークな活動を展開する。
イーグルス、ジャクソン・ブラウンJackson Browne(1948― )など、ポップで軽快なウェスト・コースト・サウンドの代表的レーベル、アサイラムが世に送り出したとはいえ、ウェイツの音楽は、西海岸の明るい日射しやさわやかさとは対極にある個性をもっていた。まだ若いはずの新人ウェイツは、1940年代の安酒場からタイム・スリップしてきたようだった。同レーベルからのデビュー・アルバム『クロージング・タイム』(1973)以前に、ウェイツは西海岸の異端児の集まっていた、フランク・ザッパのもつレーベル、ビザールとストレート・レーベルにデモ・テープを売り込んでいたが(後に2枚のCDにまとめられた)、当時チャンスをつかむことはできなかった。
デビューから80年代前半まで、ウェイツが好んで描いたのは、夜の街にうごめく人間模様であり、歌詞はビート派風で、サウンドは1940~50年代のジャズからの影響が顕著だった。
アルバム『クロージング・タイム』、『土曜日の夜』(1974)が初期の代表作。『娼婦たちの晩餐』(1975)からウェイツの声は荒れ始め、そのだみ声を武器に夜の街の世界の深みを描いてゆく。しかし、『スモール・チェンジ』(1976)、『異国の出来事』(1977)、『ブルー・バレンタイン』(1978)、『ハートアタック・アンド・バイン』(1980)とアルバムを重ねてゆくごとに音楽性がマンネリ化していった一面もあった。
その後、フランシス・コッポラ監督の『ワン・フロム・ザ・ハート』(1982)のサウンドトラックを最後にアサイラムからアイランド・レーベルに移籍した後変身を遂げ、アルバム『ソードフィッシュトロンボーンズ』(1983)でセンセーションを巻き起こす。歌の舞台はロサンゼルスの裏町から架空のサーカスへと移ったが、コンセプトは不可解で、クルト・ワイルとキャプテン・ビーフハート、アメリカ実験音楽の巨匠ハリー・パーチHarry Partch(1901―74)を合せたような、ノスタルジックという領域をはるかに超えた異様な世界をつくり上げることに成功する。以降、ウェイツは演劇的、実験的ながらくた音楽というべき独自な方向性へ向かい、『レイン・ドッグス』(1985)、『フランクス・ワイルド・イヤーズ』(1987)といった作品をリリース。また、『ソードフィッシュトロンボーンズ』およびこの2作品は三部作として、あるコンセプトにもとづいていたことが完結した時点で明かされるという凝りようだった。その後も『ボーン・マシーン』(1992)、『ミュール・バリエーションズ』(1999)といった充実した作品を世に送り続けている。
[中山義雄]