百科事典マイペディア 「カイロネイアの戦」の意味・わかりやすい解説
カイロネイアの戦【カイロネイアのたたかい】
→関連項目アテネ|コリントス同盟|デモステネス
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
…この間ケルソネソス半島に勢力を再建したアテナイと,カルキディケ半島へ圧力を加えた彼との衝突は,彼に有利な平和条約の締結と彼の手による神聖戦争の終結となった(前351‐前346)。これに対しアテナイのデモステネスを指導者とするギリシアの反マケドニア運動も,前338年夏のカイロネイアの戦でギリシア連合軍がマケドニア軍に完敗し挫折した。その冬スパルタを除くギリシア国家の代表がコリントスに集まり,ギリシア連合(コリントス同盟)が成立,ギリシア国家間の平和の遵守とその侵犯者への攻撃という連合憲章に基づき,前337年彼はペルシア遠征の総司令官に任ぜられ,翌年先遣隊を派遣したが,その後私怨により暗殺された。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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