デジタル大辞泉 「脅威」の意味・読み・例文・類語
きょう‐い〔ケフヰ〕【脅威】
[類語]物物しい・厳めしい・
脅威にはおよそ心理学,生態学,国際関係の三つの側面がある。まず心理学的には,個人の心理的な安定や統合をおびやかすような人や物,あるいは状態が存在することをいう。たとえば,親の愛情を失う,もしくは失うのではないか,という子どもの不安や〈おびえ〉などは,脅威の一例である。脅威は外在的な事象から生まれることが多いが,〈現実〉の脅威と〈知覚された〉脅威とを区別して考えねばならない。現実に存在する脅威が,つねに正確に知覚されるとは限らないからである。実際に脅威がないのに,脅威があると信じこんでしまう場合もあるし,逆に,実際に脅威があるのに,それに気づかない場合も出てくる。
第2に,生態学の領域では,他の侵入を許さないような占有者の空間をテリトリーterritory(なわばり)と呼び,テリトリーの境界では,占有者間あるいは占有者との間で,テリトリーをめぐって攻撃と防御の行動が生ずることが知られている。テリトリーをつくり,それに気を配り,他からの侵害の脅威に対して防御するような行動のことをテリトリー行動territory behaviorという。テリトリー行動の類型や構造は動物種によってさまざまであるが,他からの侵害の脅威が防御行動のきっかけとなることはすべてに共通している。人間のテリトリー行動における脅威の知覚は,個人の生理状態,パーソナリティや対人関係,コミュニケーション,シンボルの意味などで強く影響を受ける。
第3に,人間社会における最も顕著な例としては,戦争の原因としての脅威の問題がある。国家間,あるいは冷戦体制のもとで分極化した世界にあってはブロック間の相互的な脅威の知覚は,際限のない軍備競争のきっかけとなり,戦争の危険をいっそう高めた。他方,核超大国(アメリカとソ連)における核軍備競争には,一方が核兵器による先制攻撃を仕掛ければ,他方による報復攻撃によって自国も壊滅することから,双方ともに先制の第一撃に抑制がかかるという,いわゆる核抑止nuclear deterrenceの現象も生じてきていたといわれる。しかし,たとえ核抑止が働いていようとも,偶発戦争や予防戦争までは避けられないので,まず相互的な脅威の知覚を双方において軽減し,双方が核軍縮を実現していくことが平和の確立のために強く望まれた。1962年,アメリカの心理学者チャールズ・オズグッドC.E.Osgoodは,相互的な脅威の知覚とそれに根ざす相互不信を徐々に軽減する外交戦略として,心理学とコミュニケーション科学を応用した〈GRIT(グリツト)〉(graduated reciprocation in tension-reduction緊張緩和の漸進的交互行為)を提唱し,その実現のためにアメリカの一方的主導権を強く主張,国際的な注目をひいた。
→抑止
執筆者:田中 靖政
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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