ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「カバームッ・サルタネ」の意味・わかりやすい解説
カバームッ・サルタネ
Qawām al-Salṭanah, Aḥmad
[没]1955
イランの政治家。カージャール朝の名門の出身で,特に第2次世界大戦直後 1946年の政変劇で注目を集めた。立憲制回復後 (→イラン立憲革命 ) ,数回大臣をつとめ,21年クーデターの首謀者ジヤー失脚後,首相に就任。このときギーラーン共和国,ホラーサーンの革命政府を中央政府軍に攻撃させて壊滅させた。また第2次世界大戦直後アゼルバイジャン自治共和国とクルド人民共和国が成立してイランが政治危機に直面したとき,46年1月首相となり,ソ連との友好と民主主義運動への妥協を示しながら逆転劇を演じ,武力でアゼルバイジャンとクルディスタンの地方政府を壊滅させた。 46年6月「イラン民主党」を創設し,官憲の選挙干渉で第 15議会に圧倒的多数の議席を獲得した。石油国有化運動のとき,国王から再び首相に指名されたが,民族戦線やトゥーデ党の反対で数日で退陣した。
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