日本大百科全書(ニッポニカ) 「カーバメート殺虫剤」の意味・わかりやすい解説
カーバメート殺虫剤
かーばめーとさっちゅうざい
殺虫剤を化学構造に基づいて区分したときの分類の一つ。N-メチルカルバミン酸と、フェノール類またはオキシム類とがエステル結合した化学構造を有する殺虫剤の総称であり、それぞれ、フェニルカーバメートおよびオキシムカーバメートと称する。有機リン殺虫剤ほど化学構造の多様性はない。
カーバメート殺虫剤は、神経の情報伝達を行う興奮性神経伝達物質の一種であるアセチルコリンを分解する、アセチルコリンエステラーゼの作用を阻害する。その結果、害虫やダニに興奮を与え続けることになり、殺虫活性が発現する。同じアセチルコリンエステラーゼ阻害剤の有機リン殺虫剤との違いは、カーバメート殺虫剤のほうがアセチルコリンエステラーゼとの複合体形成力が強い点である。
カーバメート殺虫剤の原型は、西アフリカ原産マメ科植物(フィゾスチグマ=Physostigma venenosum)の豆(カラバル豆)に含有される毒成分フィゾスチグミン(エゼリン)である。エゼリンは毒矢に使用されていたため毒性が高かったが、昆虫に対しては殺虫力を示さなかった。そのため、エゼリンをもとに殺虫性を示すカルボフランやカルバリル(1-ナフチル-N-メチルカーバメート=1-naphthyl N-methylcarbamate:NAC)が開発されたが、急性毒性が高かったため、昆虫と哺乳(ほにゅう)動物の酵素作用部位の違いを利用した構造修飾により、現在では、より低毒性のカルボスルファンやベンフラカルブが開発された。カーバメート殺虫剤は、浸透性に優れているため、ツマグロヨコバイ、ウンカ類、イネミズゾウムシ、さらにカメムシのような稲の吸汁性害虫やハスモニョトウのような野菜の害虫の防除に広く使用されている。
また、エゼリンはアセチルコリンエステラーゼを阻害する医薬としても構造改変され、筋無力症の治療薬へと発展している。
[田村廣人]