日本大百科全書(ニッポニカ) 「有機リン殺虫剤」の意味・わかりやすい解説
有機リン殺虫剤
ゆうきりんさっちゅうざい
殺虫剤を化学構造に基づいて区分したときの分類の一つ。有機リン殺虫剤とは、5価のリン酸のエステル、チオエステルあるいはアミド誘導体を基本とする化学構造を有する殺虫剤の総称である。これらの化合物は、構造が比較的安定で作用点への移行性が優れた殺虫剤が多い。
有機リン殺虫剤は、神経の情報伝達を行う興奮性神経伝達物質の一種であるアセチルコリンを分解する酵素アセチルコリンエステラーゼの作用を阻害する。その結果、害虫やダニに興奮を与え続けることになり、殺虫活性が発現する。アセチルコリンエステラーゼは、情報伝達が終了したアセチルコリンを速やかに受容体周辺から分解・除去する役割を果たす酵素である。
1934年にドイツの科学者シュラーダーGerhard Schrader(1903―1990)らにより創製研究が着手され、1944年には、パラチオンが発見された。しかし、初期の有機リン殺虫剤は、温血動物に対する急性毒性が高いため、日本では1971年(昭和46)にその使用が禁止された。メタミドホスもパラチオン同様に初期の有機リン殺虫剤に属する。その後、マラチオン、フェニトロチオンおよびアセフェートなどの低毒性の有機リン殺虫剤が開発された。
有機リン殺虫剤は、化学構造の違いにより作用の特徴が異なるため、野菜、果樹および水稲などの多様な農作物を対象として害虫やダニの防除に使用されている。また、松を枯らす(松枯れ)原因となるマツノザイセンチュウの防除にも使用されている。一方、ある種の放線菌や海綿動物から、有機リン殺虫剤と構造が類似したウロサントインやシクロホスチンとよばれる殺虫性の有機リン化合物が発見されている。
[田村廣人]