キャンプデービッド(英語表記)Camp David

翻訳|Camp David

デジタル大辞泉 「キャンプデービッド」の意味・読み・例文・類語

キャンプ‐デービッド(Camp David)

米国大統領専用の山荘メリーランド州にある。

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

共同通信ニュース用語解説 「キャンプデービッド」の解説

キャンプデービッド

米東部メリーランド州にある米大統領の山荘。元は連邦政府職員の保養所だった。1942年にルーズベルト大統領が専用別荘に変え、その後アイゼンハワー大統領が孫の名にちなみ現在の名称とした。外国首脳をもてなす施設として使用している。78年にカーター大統領がイスラエルエジプトの首脳を招き、中東和平に関する「キャンプデービッド合意」を締結した。日本の首相では中曽根康弘小泉純一郎、安倍晋三各氏らが招かれた。

更新日:

出典 共同通信社 共同通信ニュース用語解説共同通信ニュース用語解説について 情報

改訂新版 世界大百科事典 「キャンプデービッド」の意味・わかりやすい解説

キャンプ・デービッド
Camp David

アメリカ合衆国の首都ワシントンの北西約120km,メリーランド州カトクティン山脈にある大統領専用の別荘。F.D.ローズベルト大統領の静養地(シャングリ・ラ)としてつくられ,1945年には大統領の公式の別荘となり,53年,アイゼンハワー大統領が孫の名にちなんで改名した。人里を離れての首脳会見の場所としても使用されてきた。59年9月,アイゼンハワー大統領と訪米中のソ連のフルシチョフ首相がここで会談し,米ソ間の緊張緩和へ重要な一歩が画されることになり,キャンプ・デービッドの名は世界的に知られるようになった。その後,カーター大統領が78年9月,エジプトのサーダート大統領とイスラエルのベギン首相とをここに招き,13日間に及ぶ会談の末,中東和平のためのキャンプ・デービッド合意を結んだことも有名。
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「キャンプデービッド」の意味・わかりやすい解説

キャンプ・デービッド
きゃんぷでーびっど
Camp David

アメリカ合衆国大統領の公用別邸で、ワシントンDCホワイトハウスから約100キロメートルの、メリーランド州の広大な敷地を有する山荘。歴代大統領のうちでアイゼンハワーは病身のため、しばしばこれを利用し、ことに1959年9月、ソ連フルシチョフ首相をここに招待、米ソ首脳会談で米ソ雪どけの「キャンプ・デービッド精神」をうたいあげたことで有名。だがケネディ大統領はハイアニスポート(マサチューセッツ州)の個人的別邸を利用して、ここをあまり利用せず、ニクソン、カーターの両大統領が随時キャンプ・デービッドを利用した。カーター政権時代には、イランの米・人質救出作戦(1979)対策のように、ここで国家安全保障会議(NSC)が開かれた例もある。ソ連崩壊後、初の米ロ首脳会談が92年2月、ここで開かれ、G・H・W・ブッシュ大統領とロシア連邦のエリツィン大統領により、冷戦後の核軍縮を目ざした「キャンプ・デービッド宣言」が発表された。

陸井三郎

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内のキャンプデービッドの言及

【シャンバラ伝説】より

…そのため,アメリカではこの名がユートピアの同義語となり,J.ヒルトンの小説《失われた地平線》(1933)に描かれたチベット山中の理想郷シャングリラShangri‐Laのモデルともなった。のちF.D.ローズベルトはメリーランドの大統領別邸(現在のキャンプ・デービッド)を,平和への希求を込めてシャングリラと名づけた。【荒俣 宏】。…

※「キャンプデービッド」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

今日のキーワード

部分連合

与野党が協議して、政策ごとに野党が特定の法案成立などで協力すること。パーシャル連合。[補説]閣僚は出さないが与党としてふるまう閣外協力より、与党への協力度は低い。...

部分連合の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android