クレッシー(読み)くれっしー(英語表記)George Babcock Cressey

日本大百科全書(ニッポニカ) 「クレッシー」の意味・わかりやすい解説

クレッシー
くれっしー
George Babcock Cressey
(1896―1963)

アメリカの地理学者オハイオ州出身。1923年シカゴ大学で地質学、1931年クラーク大学で地理学の哲学博士号を取得し、1931年創設されたシラキュース大学地理学教室主任教授となる。1949~1952年国際地理学連合会長としてワシントンでの国際会議を成功させた。1956~1957年アメリカ地理学会長、1959~1960年アジア研究協会長を歴任。アジア、とくに中国の研究で知られ、主著に『中国の地理的基礎』(1934)、『アジアの土地と人』(1947)、『砂漠の水』(1957)、『ソ連の潜在力』(1962)などがある。1957年(昭和32)日本で行われた国際地理学連合地域会議の招待講演のために来日し、あわせて日本学術会議でも講演している。

[市川正巳]

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改訂新版 世界大百科事典 「クレッシー」の意味・わかりやすい解説

クレッシー
George Babcock Cressey
生没年:1896-1963

アメリカの地理学者。オハイオ州で牧師の家に生まれた。元来は地質学の出身であるが,砂丘や砂漠の研究で学位を得た幅の広い地理学者で,特に中国やソ連の研究者としても知られている。1923年に中国に渡り,北平(北京)や上海で研究や教授を続けた。29年に帰国しその後発表したオルドス砂漠の研究はよく知られている。シラキュース大学の教授に迎えられたり,アメリカ地理学会の会長,国際地理学会(IGU)の会長も務めるなど大いに活躍した。日本では《支那の地理的基礎》(1934),《アジアの土地と人々》(1947)の著でよく知られ,前者は第2次大戦中,数少ない中国の地理書の一つとして翻訳され,多くの人々に読まれた。ソ連の研究書としては《ソ連のポテンシャル,その地理的評価》(1962)が著名
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367日誕生日大事典 「クレッシー」の解説

クレッシー

生年月日:1896年12月15日
アメリカの地理学者
1963年没

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