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日本学術会議 にほんがくじゅつかいぎScience Council of Japan; JSC

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

日本学術会議
にほんがくじゅつかいぎ
Science Council of Japan; JSC

科学の向上発展をはかり,行政・産業・国民生活に科学を反映・浸透させることを目的とする。日本の科学者内外に対する代表機関。 1949年に発足。総理大臣所轄のもとにある総務省の機関であるが,210人の会員は,3年ごとに全国の科学者の選挙によって選ばれる。通常,年2回の総会のほか,各部会や委員会が開催され,科学に関する重要事項について,政府に勧告する。国際学術団体に日本を代表して加盟し,代表を派遣し,日本で開催されるおもな国際会議を主催する。

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知恵蔵の解説

日本学術会議

科学のあり方について国に提言したり、国内外の学会の連携を深めたりする、学者の代表機関。2004年に日本学術会議法が改正され、210人の会員の選出が、学会ごとの推薦による首相任命方式から、現会員が後任の会員を選ぶ方式に変わった。05年10月にスタートした新布陣は、旧会員の8割が交代、新たに40代が14人入り、女性が6%から20%に増えるなど、「刷新」を印象づけた。日本学術会議法の成立は、1948年7月。連合国軍総司令部(GHQ)の勧めもあり、国の科学政策について建議や勧告をする特別な機関として設立された。旧制帝国大学の7学部にならい、文法経理工農医の7部会をつくった。会員は一般科学者の直接選挙で選ばれるという、世界でも前例のない民主的な学者代表機関だった。しかし、文部省(当時)が67年に学術審議会を発足させ、研究費配分などの行政機能を奪っていったため影響力が低下し、83年には会員の選出を選挙から首相任命に変える法改正が政府・自民党の主導でなされた。01年の総合科学技術会議の発足とともに学術会議のあり方が議論の的となったが、結局、予算規模、事務局体制に大きな変更を伴わない法改正がなされた。

(高橋真理子 朝日新聞記者 / 2007年)

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デジタル大辞泉の解説

にほん‐がくじゅつかいぎ〔‐ガクジユツクワイギ〕【日本学術会議】

昭和24年(1949)に設立された、日本の科学者の内外に対する代表機関。内閣所管。人文科学部門の3部と自然科学部門の4部からなり、科学の向上・発展を図り、国民生活への科学の浸透を目的に、科学に関する重要事項の審議および政府への答申・勧告などを行う。学術会議。SCJ(Science Council of Japan)。

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百科事典マイペディアの解説

日本学術会議【にほんがくじゅつかいぎ】

学術会議と通称。日本の科学者,研究者の内外に対する代表機関で総務庁に付置。1949年設置。〈科学の向上発達を図り,行政・産業・国民生活に科学を反映浸透させる〉ことを目的とし,重要事項の審議,内外研究の連絡,政府への答申・勧告を行う。
→関連項目原子力三原則猿橋勝子総理府日本学士院和達清夫

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世界大百科事典 第2版の解説

にほんがくじゅつかいぎ【日本学術会議】

学術会議は,戦前の学術研究会議(1920設立)を母胎にして,第2次大戦後の学術体制刷新運動の中から,日本の科学者,研究者の内外に対する代表機関として,1949年に設立された。対外表記はScience Council of Japan,略称JSC。学術会議は〈科学の向上発展を図り,行政,産業及び国民生活に科学を反映浸透させる〉(同会議法2条)ことを目的としており,総務庁に属する政府機関ではあるが,その遂行に関して独立性を保障されている(同3条)。

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大辞林 第三版の解説

にほんがくじゅつかいぎ【日本学術会議】

日本の科学者の内外に対する代表機関。1949年(昭和24)設立。科学の向上発達を図り、行政・産業および国民生活に科学を反映浸透させることを目的とし、科学に関する重要事項を審議し、重要方策を政府に勧告することができる。会員二一〇名で組織。内閣府の所管。 SCJ 。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

日本学術会議
にほんがくじゅつかいぎ

日本の人文・社会科学、自然科学の全分野にわたる科学者の代表機関。第二次世界大戦後の民主化のなかで、戦前からの帝国学士院(1906設立)、学術研究会議(1920)、日本学術振興会(1932)を再編成することになり、1947年(昭和22)学術体制刷新委員会が設置された。1948年改組案の答申により、日本学術会議法が制定され、翌1949年設立となった。日本学術会議の目的は「科学の向上発達を図り、行政、産業及び国民生活に科学を反映浸透させること」(日本学術会議法2条)で、目的実現のために政府への勧告・答申、声明の発表、国内・国際的な会議への参加、学術交流協力などを行う。このため国際科学会議(ICSU)、国際社会科学団体連盟(IFSSO)をはじめ46の国際学術団体に加入し、国際的な学術の発展に努めている。また国際会議の主催、後援、代表の派遣なども行う。内閣府の特別の機関で経費は国庫の負担だが、独立性は保障されている(同法3条)。
 日本学術会議は、210人の会員と約2000人の連携会員によって組織されている。任期は6年で、会員と連携会員の推薦した候補者等のなかから選考委員会が選考する。会員は人文・社会科学系の第一部、生命科学系の第二部、理学・工学系の第三部のいずれかに属して活動の中核を担い、連携会員は部には属さず、会員と連携して活動に参画する。組織運営のための四つの機能別委員会と、各専門分野に対応した30の分野別委員会が常置されているほか、その時々の課題に応じた課題別委員会が時限設置される。最高議決機関である総会は、会員の出席により、通常年2回開催される。
 設立以来、多くの勧告・要望・声明等を採択、とくに1954年の第17回総会は、核兵器研究の拒否と原子力研究の三原則(民主・自主・公開)を声明、三原則が原子力基本法に生かされるなど、第二次世界大戦後の学術行政に力を発揮してきた。しかし、他方、政府の科学技術庁(1956)、科学技術会議(1959)、学術審議会(1967)の設置など(2001年より科学技術庁は文部科学省、科学技術会議は内閣府の総合科学技術会議となった)、一連の政策により、政府への勧告などの権限は薄められた。[雀部 晶]
『福島要一著『「学者の森」の40年――日本学術会議とともに』上下(1986、88・日本評論社) ▽日本学術協力財団編・刊『日本学術会議ハンドブック 日本の科学者と科学の現状』(1998) ▽日本学術会議編・刊『日本学術会議五十年史』(1999)』

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世界大百科事典内の日本学術会議の言及

【科学者憲章】より

…また国際学術連合会議(ICSU)も,科学者は一般市民としての義務に加えて,特別の責務を負っていること,そしてその責務を果たすためにどのような権利を主張すべきかなどをめぐって,49年独自の科学者憲章を採択している。さらに日本学術会議も,科学研究の担い手としての科学者の主体性の確立と,それに伴う社会的責任の明確化を目指して,80年科学者憲章を採択した。そこでは次の5項目の遵守がうたわれている。…

※「日本学術会議」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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