日本大百科全書(ニッポニカ) の解説
サッカー女子ワールドカップ
さっかーじょしわーるどかっぷ
国際サッカー連盟(FIFA(フィファ))が主催する女子サッカーの世界選手権。4年ごとに男子のワールドカップの翌年に開催される。当初はFIFA女子世界選手権と称したが、第4回大会からFIFA女子ワールドカップとよばれるようになった。
本大会は、各4チームずつの6グループに分かれてリーグ戦を行い、グループ上位2チームと各グループ3位チームのうち成績上位の4チーム、計16チームが決勝トーナメントに進む(第7回大会以降)。試合時間は前半、後半それぞれ45分の計90分、決勝トーナメントで同点の場合は前半、後半それぞれ15分、計30分の延長戦を行い、さらに同点のときはペナルティーキック(PK)戦で決着をつける。第8回大会の時点で、優勝チームには400万ドルの賞金が支給される。
第1回大会(1991年・中国)11月16日から30日まで開催。本大会参加は12チーム。優勝はアメリカ、2位はノルウェー。日本は、グループリーグでブラジルに0対1、スウェーデンに0対8、アメリカに0対3で1点もとれずに3連敗し、敗退した。
第2回大会(1995年・スウェーデン)6月5日から18日まで開催。本大会参加は12チーム。優勝はノルウェー、2位はドイツ。日本は、グループリーグでドイツに0対1と敗れたが、続くブラジル戦は2対1で勝ち、本大会における初勝利をおさめた。3戦目はスウェーデンに0対2で敗れたものの得失点差で決勝トーナメントに進出。しかし準々決勝でアメリカに0対4で敗れ、ベスト8にとどまった。
第3回大会(1999年・アメリカ)6月19日から7月10日まで開催。本大会参加は16チーム。優勝はアメリカ、2位は中国。日本は、グループリーグでカナダに1対1と引き分けたが、ロシアに0対5、ノルウェーに0対4と連敗し、リーグ敗退となった。
第4回大会(2003年・アメリカ)9月20日から10月12日まで開催。本大会参加は16チーム。優勝はドイツ、2位はスウェーデン。日本は、グループリーグでアルゼンチンに6対0と大勝したが、続くドイツ戦で0対3、カナダに1対3と連敗し、リーグ敗退となった。
第5回大会(2007年・中国)9月10日から30日まで開催。本大会参加は16チーム。優勝は前回に続いてドイツが2連覇、2位はブラジル。日本は、グループリーグのイングランド戦は2対2の引分け、アルゼンチンに1対0と勝利したが、ドイツに0対2で敗れ、勝点4を得たものの、一次リーグ敗退となった。
第6回大会(2011年・ドイツ)6月26日から7月17日まで開催。本大会参加は16チーム。日本はグループリーグでグループBに属した。初戦はニュージーランドを2対1で破り、メキシコ戦は4対0で大勝し決勝トーナメント進出を決めたあと、続くイングランド戦には0対2で敗れた。決勝トーナメントの準々決勝で優勝候補のドイツを1対0で破り、準決勝ではスウェーデンに3対1と快勝した。決勝戦は過去一度も勝っていないアメリカとの対戦となった。アメリカに先制されるも追いつき、1対1で延長戦に突入、延長戦でもアメリカに先制されたが、ふたたび同点として2対2で終了した。そしてPK戦を3対1で制し、日本はワールドカップ初優勝という快挙を達成した。この大会で、キャプテンの澤穂希(さわほまれ)(1978― )は5得点をあげ得点王となり、同時に最優秀選手(MVP)に輝いた。その後日本女子代表チームに国民栄誉賞および紫綬褒章(しじゅほうしょう)が授与された。
第7回大会(2015年・カナダ)6月6日から7月5日まで開催。本大会参加は24チーム。優勝はアメリカ。日本は、カメルーン、スイス、エクアドルを相手に3戦全勝でグループリーグを突破し、続く決勝トーナメント初戦ではオランダを2対1で降した。準々決勝でオーストラリアに1対0と辛勝したあと、準決勝も2対1でイングランドを降した。決勝の対戦相手は前回と同様アメリカであったが、5対2で敗れ、2位となった。
第8回大会(2019年・フランス)6月7日から7月7日まで開催。本大会参加は24チーム。優勝は前回に続いてアメリカ、2位はオランダ。日本は、グループリーグでアルゼンチンと0対0で引き分け、スコットランドには2対1と勝利したが、イングランドに0対2で敗れた。勝点4を得て決勝トーナメント進出したが、オランダに2対1で敗れ、ベスト16に終わった。[編集部]