朝日日本歴史人物事典 「シドッティ」の解説
シドッティ
生年:1668
イタリア人在俗司祭。シチリア島パレルモ生まれ。ローマ大学に学ぶ。ローマ教皇庁法律顧問ののち,教皇の特使として日本に向かう。宝永5(1708)年,大隅国(鹿児島県)屋久島に上陸したが,捕らえられた。長崎を経由して江戸に護送され,小石川の切支丹屋敷で,数回にわたり将軍徳川家宣の特命による新井白石の訊問を受ける。白石は彼を通じて海外情報を得て,キリシタンの侵略はあり得ないと認識した。また,彼の処遇について,本国送還を上策,引き続いての幽閉を中策,処刑を下策として,幕府に上申した。その結果,中策が採用され幽閉されていたが,雑役人に授洗したことが発覚し,独房に移され獄死した。彼については,白石の著書『西洋紀聞』『采覧異言』などを通して知ることができる。<参考文献>宮崎道生『増訂/新井白石の研究』『新井白石の洋学と海外知識』
(浅見雅一)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報