ズールー戦争(読み)ズールーせんそう(その他表記)Zulu War

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ズールー戦争」の意味・わかりやすい解説

ズールー戦争
ズールーせんそう
Zulu War

1878年イギリスが,南アフリカのイギリス領ナタールへの脅威であるズールー王国の軍事組織の解体を要求したのに対して,ズールー国王が拒んだことから起こった戦争。12月にズールー国王セテワヨに最後通牒が送られ,1879年1月にチェルムスフォード卿が率いる約 5000人のイギリス兵と約 8000人のアフリカ人予備兵がズールー王国に進撃。セテワヨは,投槍をおもな武器とする約 4万人の戦士で対抗した。1月22日にはイサンドルワナで約 2万人のズールー軍が奇襲攻撃に成功し,イギリス兵約 800人が戦死した(→イサンドルワナ・ロークスドリフトの戦い)。1月から 4月にかけて,ズールー軍はエショウェでイギリス軍を包囲したが,イギリスの援軍本国から到着すると,包囲を解いた。6月1日には,イギリス軍に志願,従軍していたナポレオン3世の息子ナポレオン・ウージェーヌ・ルイが戦死した。7月4日にウルンディで約 4000人のイギリス兵と約 1000人のアフリカ人予備兵が約 2万人のズールー軍と決戦し,ズールー側が大敗してセテワヨは捕虜となり,戦争は終結した。

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