デュベルジエ・ド・オーランヌ(その他表記)Duvergier de Hauranne, Jean

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 の解説

デュベルジエ・ド・オーランヌ
Duvergier de Hauranne, Jean

[生]1581. バヨンヌ
[没]1643.10.11. パリ
フランスの神学者。代表的ジャンセニスト。ルーアンで神学を学び,C.ヤンセニウスと親交を結び,1611~16年ともにデュベルジエ邸にこもって研究。 18年司祭。 20年サン・シラン大修道院長 (以後一般に「サン・シランの神父」と呼ばれる) 。 P.ド・ベリュルの強い影響下にアウグスチヌスに傾倒,プロテスタントのよりどころであったアウグスチヌスによって逆に彼らを打破しようとした。やがてパリに戻り,A.アルノー一家との交わりのなかで,35年以後アンジェリックの求めでポール・ロワイヤル修道院を指導,アントアーヌ・アルノーは彼の最大の弟子として次代のジャンセニズムをになうことになる。この間にイエズス会の功利主義を激しく攻撃,事あるごとに宰相リシュリューと対立,38年から4年間獄につながれた。

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