ジャンセニスム(読み)じゃんせにすむ(英語表記)Jansénisme フランス語

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ジャンセニスム」の意味・わかりやすい解説

ジャンセニスム
じゃんせにすむ
Jansénisme フランス語

信仰上人間の自由意志よりも神の恩恵を重視するアウグスティヌス思想を実践しようとして、17、18世紀にフランスを中心に展開された宗教運動。名称は、オランダの神学者ヤンセン(フランス語でジャンセニウス)に由来する。彼の同学の友、通称サン・シランことジャン・デュベルジエ・ド・オランヌJean Duvergier de Hauranne(1581―1643)は、ヤンセンとベリュルPierre de Bérulle(1575―1629)の感化を受けて、アウグスティヌスの思想に基づく司祭信徒の意識変革を目ざしたが、宰相リシュリューの方針と相いれず、投獄され(1638)、リシュリューの没後に釈放されたが、まもなく他界。またサン・シランの指導下にあったポール・ロアイヤル修道院王権イエズス会から弾圧され、ついには王命により破壊された(1711)。彼の愛(まな)弟子アルノーは、ヤンセンの遺著『アウグスティヌス』(1640)に異端の五命題ありとするイエズス会士の告発に応じる教皇庁裁定が出た際、ポール・ロアイヤルの隠士たちと協力してアウグスティヌス主義を擁護すべく論陣を張り、パスカルも『プロバンシアル書簡』(1656~57)を書いて参加した。当初純粋に宗教的であったこの運動も、ルイ王権による弾圧に抵抗する過程でしだいに政治的運動へと変質した。そして18世紀の民衆ジャンセニストである痙攣(けいれん)派を最後に、退潮一途をたどる。しかし、地上の絶対主義権力に対抗してまで、伝統的な信仰と個人の内面の自由とに固執したジャンセニストの態度は、近代的良心への道を準備したともいわれ、思想、文学、芸術の各領域に及ぼした影響は計り知れないものがある。

[西川宏人]

『L・コニェ著、朝倉剛・倉田清訳『ジャンセニスム』(白水社・文庫クセジュ)』『L・ゴルドマン著、山形頼洋・名田丈夫訳『隠れたる神 下』(1973・社会思想社)』『中村雄二郎著『パスカルとその時代』(1965・東京大学出版会)』『支倉崇晴著「ジャンセニスム」(『フランス文学講座5 思想』所収・1977・大修館書店)』『E・モロ・シール著、広田昌義訳『パスカルの形而上学』(1981・人文書院)』『飯塚勝久著『フランス・ジャンセニスムの精神史的研究』(1984・未来社)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例