ナムカオ(その他表記)Nam Cao

改訂新版 世界大百科事典 「ナムカオ」の意味・わかりやすい解説

ナム・カオ
Nam Cao
生没年:1917-51

ベトナムの小説家。本名はチャン・ヒュー・チTran Huu Tri。ベトナム北部のハーナム省の中農階層の出身で,ナムディン市で初等教育を受けたあと独学で高等小学校卒業資格をとり,ハノイ教師になった。1940年校舎が日本軍に接収されたため失職,作家トー・ホアイの家に寄食し,家庭教師をしながら知識人や農民の生活に取材した短編を《第七小説》誌などに発表した。41年植民地体制の不正と偽善を暴いた中編《チー・フェオ》を発表して文壇地歩を築いた。43年ベトミンの救国文化会に加わり,45年の八月革命では故郷で民衆の奪権闘争を指導し,村の行政委員会主席となった。独立後の46年救国文化会の機関誌《先鋒》編集局の責任者となり,48年共産党に入党,51年インドシナ戦争戦死した。《子夜》《近傍の人》などの中編小説や,《微笑》《瞳》などを収めた短編集があり,選集が刊行されている。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

20世紀西洋人名事典 「ナムカオ」の解説

ナム・カオ
Nam Cao


1917 - 1951
ベトナムの小説家。
ハーチム省生まれ。
本名チャン・フー・チ。
初等教育を受けた後、独学で高等小学校卒業資格を得て、ハノイで教師となる。1940年に校舎が日本軍に接収されたため失職し、家庭教師をしながら小説を書いた。知識人、農民の生活を取材した短編を発表し、’41年には植民地体制の不正、偽善を暴いた「チー・フェオ」を発表。’43年に救国文化会に参加し、’46年には同会の機関紙「先鋒」の編集局責任者となった。’48年に共産党入党、’51年にインドシナ戦争で戦死。作品は他に「子夜」、「微笑」など。

出典 日外アソシエーツ「20世紀西洋人名事典」(1995年刊)20世紀西洋人名事典について 情報

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