ニジニノブゴロド(英語表記)Nizhnii Novgorod

改訂新版 世界大百科事典 「ニジニノブゴロド」の意味・わかりやすい解説

ニジニ・ノブゴロド
Nizhnii Novgorod

ロシア連邦,ヨーロッパ・ロシアのほぼ中央にある同名州の州都。人口128万9000(2005)。1932年作家M.ゴーリキーの出身地にちなみ,ゴーリキーと改称されたが,90年旧称の現名にもどった。モスクワの東約439km,ボルガ川とオカ川の合流点に位置する。ボルガ川最大の港があり,水路・陸上交通の要衝で,経済,文化の一大中心地造船業,自動車工業,機械製造工業,化学工業,食品工業などが盛んで,大学,専門学校が9校,大劇場,博物館がある。1221年ウラジーミル大公により,モルドバ人などに対する防衛拠点として建設され,1350-92年はスーズダリ・ニジェゴロド公国の首都であった。1377年モンゴル軍の攻撃で破壊され,15世紀初頭にはモスクワ公国に吸収されてカザン・ハーン国併合(1552)の基地となった。1591年リューリク朝断絶後の動乱期(スムータ)に,ポーランド軍に占領されたモスクワを奪回した解放軍の中心となったのがこの市で,その指導者で現在国民的英雄となっているクジマ・ミーニンKuz'ma Minin(?-1616)は,この市の商人である。また19世紀初頭以来開かれていた大定期市(ヤルマルカ,1930廃止)は有名で,この市を全国商業貿易の中心地としていた。ゴーリキーが活躍しはじめた19世紀末には,当時社会問題化していた浮浪人の多い市であり,《どん底》はここで書かれた。またこの市で行われた1902年のメーデー集会は,《母》の中に描かれている。
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百科事典マイペディア 「ニジニノブゴロド」の意味・わかりやすい解説

ニジニ・ノブゴロド

ロシア西部,ボルガ川とオカ川との合流点に位置する工業都市,河港都市。自動車,造船,工作機械冶金などの工業が行われる。1221年創設,16世紀以後商業の中心として,その定期市で知られた。アルハンゲリスキー聖堂(1631年)がある。1932年M.ゴーリキーを記念してゴーリキーと改称したが,1990年旧称に復した。第2次大戦後は,軍事産業都市として外国人立ち入りが禁止されていたがソ連解体後は経済改革実験が積極的に推し進められた。125万人(2010)。
→関連項目ラージン

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世界大百科事典(旧版)内のニジニノブゴロドの言及

【印刷】より

…この書物は写本として伝えられたが,中国以外の土地において印刷術にふれた最初の書物であった。 タブリーズと並んで印刷術のヨーロッパへの伝播を考える上で重要な地点は,モスクワの東にあるニジニ・ノブゴロドである。ここはモンゴル時代を通じて東アジアの物産の集散地であり,北部ヨーロッパとのあいだに貿易が行われていた。…

※「ニジニノブゴロド」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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