ノッサ・セニョーラ・ダ・グラッサ号事件

山川 日本史小辞典 改訂新版 の解説

ノッサ・セニョーラ・ダ・グラッサ号事件
ノッサ・セニョーラ・ダ・グラッサごうじけん

マードレ・デ・デウス号事件とも。1609年(慶長14)12月15日,肥前国日野江城主の有馬晴信徳川家康了解をえて,長崎ポルトガル船を撃沈した事件。前年チャンパに渡航した晴信の朱印船が,帰路マカオで紛争おこし乗組員官憲に殺されたのが発端。事件後,幕府はポルトガルと断交したが,11年9月通商再開を許可し,1604年に制定した糸割符制度をポルトガル側に遵守させた。この事件は12年に岡本大八事件をひきおこし,幕府のキリスト教禁止政策を招いた。

出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報

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