バスト王国(読み)バストおうこく

改訂新版 世界大百科事典 「バスト王国」の意味・わかりやすい解説

バスト王国 (バストおうこく)

19世紀に南アフリカの現在のレソトにあったソトSotho(バストBasuto)族の小王国。ソト族祖先は18世紀にドラケンスバーグ山脈を越えて南下したヌグニ語系の人々であるといわれる。19世紀初めズールー族のシャカ王の攻撃を受けた王モシュシュ1世Moshoeshoe I(1785ころ-1870)は,一族を連れてタバ・ボシウ(マセル付近の平らな頂をもつ丘)に逃れ,そこを根拠地に巧みな外交戦術でズールー族やマタベレ族の侵略を回避した。しかし1830年代には北上してきたボーア人による領土併合脅威にさらされた。モシュシュは一方ではフランス人宣教師ユージーヌ・カサリスの助けを借りて併合を回避しながら,他方ではイギリスに保護を求め,43年イギリスのケープ植民地との間に友好協定を結んだ。54年のボーア人によるオレンジ自由国の建国とともにボーア人の領土併合の要求は一段と高まり,モシュシュは再度南アフリカに駐在するイギリス高等弁務官に保護を依頼した。その結果68年3月,イギリスは正式にバスト王国を保護領とし,オレンジ自由国との境界を翌69年の会議でカレドン川と定めた。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

山川 世界史小辞典 改訂新版 「バスト王国」の解説

バスト王国(バストおうこく)
Basuto

南アフリカ共和国に取り囲まれる現レソト王国の前身。19世紀初頭ズールー人の拡張戦乱のなか,モシェシェ1世の指導の下,ソト人の集団タバボシウ(山)を拠点として建国。1830年代以降ブール人の併合の脅威に対して,宣教師やイギリスとの提携などの諸策で存続,68年イギリス保護領バストランドとなって主権と領土を保持した。

出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報

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