ブルガリア南西部、パザルジーク県の県都。マリーツァ川沿いの上トラキア平原にあり、首都ソフィアとトルコのイスタンブールを結ぶ幹線道路沿いに位置する。人口12万7918(2001)。旧名はタタール・パザルジークとよばれ、15世紀末に南ロシアから移住したタタール人が町を開いたのでこの名がある。17~18世紀にはマリーツァ川の河川輸送でトルコのエディルネとイスタンブールに出荷される麦、米、ワイン、木材、鉄などの集散地や定期市で繁栄した。定期市にはアナトリア、ワラキア、セルビア、ボスニアからも商人が到来した。19世紀には皮革、仕立、鍛冶(かじ)、染物などの産業も栄えた。1885年にブルガリア領に併合されるが、そのころから西ヨーロッパの安価な工業製品が流入し、職人仕事は急速に衰退した。しかし、豊かな農業地帯と交通上の要所という利点を利用して発達した園芸作物栽培や、社会主義時代に導入された紙パルプ工業は、市の基幹産業になっている。
[寺島憲治]
収穫年度を2年経過した米。《季 秋》[類語]米・玄米・白米・新米・古米・粳うるち・粳米・糯もち・糯米・黒米・胚芽米・精白米・内地米・外米・早場米・遅場米・新穀・米粒・飯粒・小米・屑米...