ビシャプール遺跡(読み)ビシャプールいせき(その他表記)Bīshāpūr

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ビシャプール遺跡」の意味・わかりやすい解説

ビシャプール遺跡
ビシャプールいせき
Bīshāpūr

イラン中南部,シーラーズ西方約 120kmにある古代都市遺跡。10世紀後半までに住民が近くのカーゼルーンに移ったため荒廃。3世紀,ササン朝シャプール1世によって建設され,その名は中世ペルシア語の Bih Shāpūr(よきシャプール,シャプールの美徳の意)に由来する。発掘により,四方イーワーンで囲まれ円天井を戴いた 20m四方の謁見室,アナヒタ女神殿,モザイク壁画のホールなどからなる大宮殿を中心とするギリシア式方形プランの大規模都市であったことが判明,往時には推定 5万~8万の人口を擁していたとみられる。2018年フィルザーバードサルビスターンに残るササン朝の考古遺跡とともに世界遺産の文化遺産に登録。

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