改訂新版 世界大百科事典 「フィックの原理」の意味・わかりやすい解説
フィックの原理 (フィックのげんり)
Fick Principle
フィックAdolf Fick(1829-1901)によって1872年ころに提唱された血液循環に関する原理。本質的には質量保存の法則の一表現である。すなわち,単位時間に特定の器官に動脈から流入する特定の物質の量は,血流からその器官へ取り込まれる量と,静脈中へ流れ去っていく量の和であるというもの。単位時間にその器官が摂取した量をQ,動脈血中の濃度をCa,静脈血中の濃度をCvとし,動脈,静脈の血流量が等しく,それをFとみなすと,Q=F(Ca-Cv)となり,F=Q/(Ca-Cv)となる。これらの関係は物質が取り込まれる様式によらず,また器官から血中へ排出される場合も負の取込みとしてQの符号を変えて成立する。フィックの原理を利用すると,特定器官の血流量やその器官での特定の物質の消費量を求めることができる。たとえばフィックの原理を肺に適用すると,心拍出量(全身の血流量,肺血流量に等しい)を決定することができる。心拍出量をF,肺の酸素O2摂取量をQ,肺動脈血中O2濃度をA0,肺静脈血のそれをV0とすると,F=Q/(V0-A0)となる。V0は適当な動脈(たとえば上腕動脈)から採血した動脈血で測定すればよいが,A0の測定には心臓カテーテルを肺動脈まで進めて採血する必要がある。肺からのO2の血中への移動量は毎分換気量と呼気のO2分析による呼気,吸気のO2濃度差から算出される。このようにして測定された具体例をフィックの原理にあてはめて計算すると,となる。このような方法は〈直接フィック法〉とも呼ばれ,心拍出量測定法の基準となる正確な数値を得ることができる。O2の代りにCO2やアセチレン,一酸化二窒素N2Oを用いることもある。脳血流量についてはN2Oを用い,これが脳実質と血中へ分配係数1で分布することを利用する。各器官の血流量を比較すると,組織100g当りのml/minの数値は腎臓が最大で420,心臓84,肝臓58,脳54となり,安静時の骨格筋は2.7と著しく小さい。また,フィックの原理から各器官のO2消費量を求めることができる。これによると,心臓,脳の灰白質,肝臓,腎皮質では比較的高く100g当りml/minの単位で5~10であるが骨格筋では0.2と小さい。
執筆者:大地 陸男
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報