成人の血液量,約5l(体重の6~8%)の大部分は心臓および血管系にあり,心臓のポンプ作用によって動脈→各臓器の毛細血管→静脈の順に流れ,再び心臓へ還流する。この血液循環の原理を明らかにしたのはW.ハーベーである(1628)。それ以前は血液が右心室から左心室へ,目に見えない隔壁を通して流れるという,ガレノスの血液学説が信じられていた。しかし13世紀にアラビアではイブン・アンナフィースが肺循環について記載しており(《典範綱要》),おそらくこれがラテン語訳されてヨーロッパに伝えられ,16世紀にM.セルベトゥスにより,改めて肺循環説が提起された(《キリスト教の復活》)。またA.ベサリウス,R.コロンボは心臓の構造と肺循環の存在を明らかにし,A.チェザルピーノは体循環についても示唆し,ハーベーの血液循環説の前駆となった。心臓から動脈へ拍出される血流量は毎分約5l(安静時)から25l(激しい運動時)の範囲である。このことは全血液が1分間に1~5回の割で循環していることを示している。もしハーベー以前のように血液は循環していなく,使い捨てと考えたならば,1日当り7200l(安静時)という多量の血液が必要となる。このように〈血液が循環する〉ことは,少量の血液量で生理的に重要ないろいろの働きを営むことを可能とした。生体内のすべての臓器・組織は循環系を介して連絡し,それぞれの間での物質,情報,熱等の輸送が血液循環により行われている。もし,血液の循環が停止すれば,人間は数分以内に生命を失う。
成人の循環系は,左心室をポンプとした体循環(大循環ともいう。大動脈→動脈→各臓器の毛細血管→静脈→大静脈→右心房)と,右心室をポンプとした肺循環(小循環ともいう。肺動脈→肺毛細血管→肺静脈→左心房)が直列に連結している。この直列配列は,左右の心(室)拍出量,体および肺循環血流量が均等し,肺と体毛細血管で行われる酸素,炭酸ガス交換量が均衡するうえできわめて好都合である。さらに,任意の1個の赤血球についてみれば,体毛細血管を通過した赤血球は必ず肺毛細血管でガス交換を行った後に再び体毛細血管へ還流することとなる。
体循環と肺循環は基本的な構造および機能上の差異を有する。体循環では,1本の上行大動脈が多数の分配動脈となって生理機能の異なる臓器(脳,肝臓,腎臓,心臓等)へ分布し,さらに臓器内で細動脈,毛細血管へと分岐する。動脈血圧は高く維持され(約100mmHg),各臓器の機能と活動に応じた動脈血流の配分が各種の循環調節系により行われている。動脈血圧の維持や血流配分に細動脈の収縮が密接に関係する。毛細血管は1層の薄い(1μm)内皮細胞でできており,直径は約6μmと小さいが,全体の数は成人で数百億本に達し,物質交換に関与する表面積は広く,細静脈を含めると約1000m2となる。拡散による物質の移動は面積と濃度勾配に比例するため,毛細血管では血液と組織間液の間で多量の物質(酸素,炭酸ガス等)が急速に交換される。毛細血管は細静脈,静脈へと集合し,最終的に上,下大静脈となって右心房へ接続する。静脈系は血液量の約75%を貯留するタンク機能をもっている。他方,肺循環は主として酸素,炭酸ガス交換と熱放散に関与するのみで,体循環の構造と機能に比較して単純で,肺動脈圧も20~30mmHgと低い。
循環の主要な役割の一つは酸素および炭酸ガスの運搬であるが,動脈血(肺静脈血)は酸素濃度が高く鮮紅色で,静脈血(肺動脈血)は酸素濃度が低く炭酸ガス濃度が高く暗赤色をしている。その他の物質として消化器で吸収された栄養素,水,各種イオンは門脈→肝臓→静脈→右心臓→肺循環→左心臓→動脈→毛細血管の順に輸送され,全身の組織に供給される。代謝産物は腎臓,肝臓,皮膚等へ輸送され,そこで不要な物質が体外へ排出され,体液の化学的組成,浸透圧,pHを常時一定に維持する。その他,熱の運搬による体温調節,白血球や抗体を急速に傷害部位に輸送することによる生体防御に関与している。血液循環のもう一つの重要な役割は情報伝達による生体の統合機能である。内分泌器官で産生されたホルモンは静脈→大静脈→右心臓→肺循環→左心臓→大動脈→分配動脈の順で標的器官に運ばれ,その臓器の機能を調節する。
なお,循環系の付属としてリンパ管があり,体毛細血管を流れる約5l/minの血流のうち2~3ml/minの液体成分が組織間へろ(濾)出した後この管を通り,静脈へと還流する。
→循環系 →心臓
執筆者:二宮 石雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
血液が動物体内を循環することをいう。閉鎖血管系をもつ脊椎(せきつい)動物、無脊椎動物中の環形動物・紐形(ひもがた)動物・軟体動物の頭足類などでは、血液は血管内にとどまり、毛細血管より浸出した血漿(けっしょう)とリンパ球が組織液(脊椎動物では組織液とリンパ液)となる。一方、節足動物、頭足類を除く軟体動物などの開放血管系には毛細血管はなく、血液は組織の間(血体腔(たいこう))を流れる。この場合、血液と組織液の区別はなく、血液は血リンパとよばれる。血液の循環は、ミミズやナメクジウオのような原始的なものでは血管の拍動による。節足動物には、数対の心門とよばれる穴をもった管状の心臓がある。ホヤ類の管状の心臓には弁がなく、ときどき血流の方向が逆転する。低い圧力で働く循環系をもつ頭足類、節足動物などには補助心臓がある。脊椎動物の循環系には、魚類、両生類の幼生にみられるえら呼吸型と、両生類の成体と爬虫(はちゅう)類、鳥類、哺乳(ほにゅう)類にみられる肺呼吸型がある。肺呼吸型循環系は小循環(肺循環)と大循環(体循環)に分かれる。鳥類と哺乳類とは2心室2心房の心臓をもち、大循環と小循環が異なる血圧で働いている。ワニ類の心臓も2心房2心室であるが、潜水によって循環の状態が切り替わり、大循環と小循環の仕切りは完全ではない。えら呼吸型循環系の心臓は1心室1心房である。身体各部に送られる血液の分配量は、主として小動脈の太さを調節する血管収縮神経と血管拡張神経のインパルス頻度によって定まっている。
なお、胎盤のある動物では、胎児は成体とは循環のようすが異なっている。
[村上 彰]
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