デジタル大辞泉 「ベネチア広場」の意味・読み・例文・類語 ベネチア‐ひろば【ベネチア広場】 《Piazza Venezia》イタリアの首都ローマの中心部にある広場。ベネチア宮殿とビットリオ=エマヌエレ二世記念堂に面する。コルソ通り、フォリインペリアーリ通り、プレビシート通りが接続するロータリーになっている。 出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例
世界の観光地名がわかる事典 「ベネチア広場」の解説 ベネチアひろば【ベネチア広場】 イタリアの首都ローマのフォロロマーノ(古代ローマ遺跡地区)近く、ローマの7つの丘の一つ、ガンピドリオの丘の麓にある広場。広場正面にはヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念館が、向かって左側には、この広場の名称の由来になったベネチア宮殿がある。この宮殿は、1445年に教皇の住居として建設されたが、その後、ベネチア共和国の大使館となった。この宮殿には、ベニート・ムッソリーニが執務室を設け、宮殿前で熱狂的な演説を行ったことでも知られる。一方、ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念館は、イタリアを統一して王国を築いた初代国王ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世(1820~1878年)の偉業を顕彰して、1895年に着工し、1911年に完成した建物である。 出典 講談社世界の観光地名がわかる事典について 情報
日本大百科全書(ニッポニカ) 「ベネチア広場」の意味・わかりやすい解説 ベネチア広場べねちあひろばPiazza Venezia イタリアの首都ローマ都心部にある広場。15世紀中ごろに建てられたベネチア宮殿に面する。名称は、16世紀中ごろに同宮殿がベネチア共和国大使館であったことに由来する。ファシズム統治期間中、同宮殿はムッソリーニの官邸となり、彼はそのバルコニーから広場に集まった民衆に演説を行った。また広場の南側にはV・エマヌエレ2世統一記念堂の巨大な建物が建つ。広場にはコルソ通りをはじめ主要街路が集中し、交通混雑が激しい。[藤澤房俊] 出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例