ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ボボリ庭園」の意味・わかりやすい解説
ボボリ庭園
ボボリていえん
Giardino di Boboli
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
…ガレリア・パラティーナGalleria Palatina(王宮美術館)とも言われ,銀器美術館,近代美術館とともにパラッツォ・ピッティPalazzo Pitti内にあり,2階左半分(北部)を占める。このパラッツォは,15世紀後半にフィレンツェの富裕な商人であったピッティLuca Pittiの邸宅として着工,1549年にはメディチ家の手に渡り,以後メディチ家代々の邸館として増築が重ねられ,背後には広大なボボリ庭園も設けられた。1860年のイタリア王国の成立でサボイア家の所有に帰し,王宮となったが,1919年にビットリオ・エマヌエレ3世により国家に寄贈され,国立美術館として広く一般に公開されるに至った。…
※「ボボリ庭園」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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