生きもの,つまりいわゆる生命現象を示すものを広く生物というが,何を生物固有の性質と考えるかについては,昔からさまざまな議論があった。例えば,成長こそ生物の本質だといわれる。確かにほとんどすべての生物は成長するが,しかし,明らかに無生物と考えられる鉱物の結晶も成長する。物質代謝が生物の最も主要な性質だとされたこともあった。生物は物質エネルギーを外界からとりこみ,それを自己に同化して成長するとともに,不要となった構成成分を分解して捨てる。これが物質代謝であって,このような活動は無生物にはみられないからである。また物質代謝の結果として,生物は繁殖する。すなわち,自己と同じものを作って増殖していく。そして個体としては傷ついた部分を修復し,また増殖をとおして種を存続させていくなど,自己保存の機能をもっている。これもまた生物に固有の性質である。このような考察から,今日,生物はエネルギー転換を行い,自己増殖し,かつ自己保存の能力をもつ複雑な物質系であると定義されている。もし地球以外の天体にもこのような性質をもつものが見つかったら,それは生物と呼ばれるだろう。
生物が地球に独自なものか,他の天体にも生物がいるかはおくとして,地球上における〈生物の起源〉あるいは〈生命の起源〉についても諸説があった。地球上の生物は神の創造したものとする宗教的な説明や,他の天体からやってきたものだという責任回避的な説を別にすると,現在での理解は,ある意味での自然発生説に傾いている。自然発生といっても,ミミズや細菌が沢や汚物から“わく”というのではなく,地球の歴史のある時期に,無生物である化学物質の存在が複雑化してきて(化学進化),ついに前述の三つの性質を備えた物質系,すなわち生物が生じたのだとされるのである。具体的にどのようなしくみで,どのようなことが起こったかについては,なおさまざまな説がある。例えば,オパーリンは《地球上における生命の起源》で,原始の海に小さな液滴状のコアセルベートとして生物が誕生したと考え,この説が広く流布されているが,ほかにもいろいろな説がある。いずれにせよ,エネルギー転換にかかわるエネルギーのシステムと,それの方向を指示し,自己保存,自己増殖を行う情報のシステムとが組み合わさったとき,初めて,生物が生じたことは確かである。
生物は動物と植物に大別されるが,これは外界からの物質やエネルギーのとりこみ方の違いに基づくものである。すなわち,主要なエネルギー源として太陽エネルギーを,体を構成する物質源としては無機物質をとりこむ方式で生きるものが植物であり,エネルギー源,物質源を有機物質に頼るのが動物であると考えてよい。この二つの方式の違いから,体の構造,運動性,刺激に対する感受性などに違いが生じ,植物はいわゆる植物的な,動物はいわゆる動物的な生物となった。しかし,動物でありながら,固着性で,一見して動物とは思えぬカイメンのようなものもおり,またミドリムシのように,植物の特徴である光合成を行うため動物としても植物としても扱われる生物もいる。細菌類,菌類などは,主として細胞の形態学的特徴などから,かつては植物として扱われてきたが,もっぱら有機物質に頼るという生き方などは植物的とはいえず,さりとて全体的な様相は動物的でもなく,進化の筋道からみても,動物,植物のいずれかに含めるのは難があるとして,今日では〈第三の生物〉といわれる菌類(菌界Mycota)なるグループが設定されている。
ウイルスが生物であるかどうかは長い間論議の的であったが,ウイルスは自分ではエネルギー転換系をもたず,物質代謝の面は生物の生きた細胞に依存して自己増殖を行うため,現在では生物の範疇(はんちゆう)には含められていない。もともとは生物であったのかもしれないが,他の生物の細胞に〈寄生〉して生きるようになったため,情報のシステムだけが残ってしまったものと考えてもよいだろう。
すべての生物がもつ基本的な情報システムは遺伝子DNA(一部のウイルスはRNAを遺伝物質としている)であるが,細菌,ラン藻のように初期の生物の姿をとどめていると考えられる生物では,遺伝子DNAが裸のまま細胞の中に収まっている。しかし,すべての動物,植物では,遺伝子DNAは染色体の中に収められ,この染色体の集団が細胞分裂の間期には核膜に包まれて,いわゆる核を形成している。この違いは,細胞内における遺伝子情報の発現,遺伝子の増殖や組換えなどの様式にも反映して大きな違いを生じているので,前者を原核生物procaryote,後者を真核生物eucaryoteと呼び,区別して扱うようになっている。
原核生物,真核生物を問わず,生物は外界とはくぎられた一つの存在であるから,多くの生物は個体という形をとって生きている。個体が1個の細胞からなっているものを単細胞生物と呼ぶが,原核生物のほかに,真核生物のうちの原生動物,鞭毛藻類,ケイ藻の大部分,緑藻,接合藻の一部が含まれる。単細胞生物のうちで高度な分化をとげたものでは,細胞器官がよく発達する。これに対して,個体が複数の細胞からなるものは多細胞生物と呼ばれる。多細胞生物においては,機能の分担はふつう細胞分化によって実現される。
多細胞生物の個体は,1頭のウマ,1匹の虫,1本の草木という形である。しかし,一見別々の個体に見えるものが,実際にはつながっていたり(例えば地下茎でつながっているタケ),一つの個体に見えるものが実は多数の個体が集合した群体であることもある。これはその生物の生存戦略とかかわることで,一概にどのような形が優れているということはできない。
生物に共通してみられるもう一つの現象は,すべての生物が〈種〉として存在しているということである。動物や植物の図鑑をみればわかるとおり,一つ一つの種はおのおの特徴をもっており,いつのまにか他の種になってしまうというようなことはない。つまり,生物は個体として自己複製を行っているとともに,それを介して種を存続させているのである。〈種〉の定義はむずかしいが,例えば飼イヌや飼ネコのようにさまざまな品種や変異があっても,イヌはイヌという種であり,イエネコはイエネコという種である。このような変異の問題は別として,種はつねに多型的存在である。例えば,多くの生物では雄と雌は形態のうえでも生理のうえでも行動のうえでも異なる(性的多型)。しかし,その雌雄の間での生殖によって,同じ特徴をもった雌雄が再生産(自己複製)されるのだから,多型的であることは種にとってほとんど必要不可欠である。また多くの生物が成長するということは,幼体から成体になる発育多型を生みだす。しかし,そのような多型を含みながら,一つの個体はその個体でありつづけ,一つの種はその種として存続していく。それはその種に備わった遺伝的情報のプログラムによるものである。
新しい種の生物の出現,すなわち進化は,このプログラムの組換えによって起こるのである。
→菌類 →植物 →生命 →動物
執筆者:日高 敏隆
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
無生物と区別される属性、すなわち生命を備えているものをいう。生命は、生物の本質的属性として生命観によって抽象されるものであり、その定義はなかなかむずかしい。人間が昔から生き物としてとらえてきた属性には、物質交代、増殖能力、栄養摂取、成長、刺激反応性、修復(再生、癒傷など)能力などがあるが、そのなかで本質的属性とみられるのは物質交代と増殖である。しかし、ウイルスの本体が明らかになってからは、増殖をもっとも本質的な生物の属性と考える研究者が多い。ただし、増殖はかならず物質交代を伴い、タンパク質の外被に包まれたDNA(デオキシリボ核酸)またはRNA(リボ核酸)でできているウイルスの増殖は、宿主細胞に入ってその生命装置を用いた物質交代のもとで初めて可能となり、宿主細胞から出るとけっして増殖しない。生物は生命の起源以来進化して現在に至ったもので、互いに類縁関係をもつ一元的な自然物であると考える立場からウイルスも生物とされる。しかし、ウイルスは細胞ではなく、バクテリアのようなものから核酸だけが抜け出した、細胞の退化形態のようにも想像されていて、生物の分類上どこに位置づけるかについては定まっていない。
[川島誠一郎]
生物は常識的には動物と植物に二大別されているが、動物と植物の両方に同時に分類される生物もあり、無理がある。バクテリアなど単細胞でとくに微小なものを微生物とする動物、植物、微生物の三区分や、動物、植物、菌類、原生生物、モネラの五生物界(五界)に分けることもある。五界説では、細菌類や菌類のような生物は、いわゆる動物や植物と非常にかけ離れていて、その差が動物と植物の差よりも大きいと考え、動物界と植物界のほかにモネラ界と菌類界を設けた。他の一つは原生生物界である。原始的で動物とも植物ともとれる生物をまとめて、E・H・ヘッケルはプロチスタ界を提唱していたが、原生生物界はこのプロチスタ界からモネラを除いたものに等しい。モネラ界は、細胞核を欠くという特徴をもつ原核菌類と藍藻(らんそう)植物がおもな構成生物で、原核生物とよぶ。ウイルスやファージを生物に分類する場合にはモネラ界に入れるのが適当であろう。しかし、原核菌類はDNAとRNAをあわせもっているが、ウイルスやファージは一方のみをもつにすぎない点を重視して、ウイルスとファージでモネラ界をつくり、細菌類、マイコプラズマ、スピロヘータ、放線菌などを原核菌亜界とし、変形菌、細胞粘菌、子嚢(しのう)菌などの真核菌亜界とあわせて菌界とする分類もある。この分類の場合には地衣界を別に設け、藍藻植物を植物界のなかの原核植物亜界とする。これに対していわゆる五界説では、細胞構造の基本的な違いから、原核生物は他のすべての有核細胞生物と別にされ、その違いは、今日の地球上の生物に認められる最大の進化学的不連続性であるとされる。
[川島誠一郎]
モネラ、原生生物のほとんどの種類は全生活史を通じて単一の細胞からなる。単細胞でも、ある場合には細胞内に高度な構造分化が生じていて、たとえば繊毛虫類には運動、摂食、消化、排出、感覚などさまざまな細胞器官が分化する。動物、植物、菌類などの個体の体は多数の細胞からなっている。これら多細胞生物には、形や機能の同じ細胞が何種類か集まって特定の機能を営むために組織や器官が分化している。単細胞生物と多細胞生物の中間に細胞群体とよばれる段階がある。これは単細胞生物が寒天質などで包まれて多数が集合したり、共通の柄(え)の上に並んでいるだけで、細胞間に分化はない。なお、多細胞生物が共通の組織でつながっているもの(サンゴ、コケムシ、ある種のホヤ)も群体とよぶ。
[川島誠一郎]
地球上には少なくとも300万種の生物が生きているといわれ、絶滅した種数もそれに劣らないと考えられている。これらは形態、大きさ、機能などに著しい違いがあり、多様性に富んでいる。これらの生物の間には複雑な関係が成立していて、互いに他の環境となっている。これを生物的環境とよぶ。密接な相互関係の例は、寄生、共生、花粉の媒介でみられ、動物が植物を食べたり、ある種の動物が天敵に捕食されるのはより直接的な相互関係である。炭素循環や窒素循環のように全生物界にまたがる物質循環はこれらに比べると間接的な関係である。一定の地域に共存している生物種の間ではこのようにさまざまな関係を保っているから、どの生物種についても生物的環境の分析に基づいて初めてその機能や生活が理解できる。生物相互の関係は地球環境の変化に伴い変化してきた。また逆に生物が地球の環境にも影響を与えていることも見逃せない。
[川島誠一郎]
『木村資生・近藤宗平編『岩波講座 現代生物科学7 生命の起源と分子進化』(1976・岩波書店)』▽『リン・マルグリス著、永井進監訳『細胞の共生進化』上下(1985・学会出版センター)』
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字通「生」の項目を見る。
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
…さらに質的には内部で分化・分節をとげ,機能にふさわしい組織・器官をみずから形成して体制を複雑化する。つまり〈有機的組織organism〉をつくるのである。それらは部分ではなく分肢であって,個体を離れては機能をもちえない。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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