改訂新版 世界大百科事典 「ユールスナール」の意味・わかりやすい解説
ユールスナール
Marguerite Yourcenar
生没年:1903-87
フランスの女流作家。本名Marguerite de Crayencour。ベルギー人の母を当歳で失い,父に育てられた。幼時からヨーロッパ各地のみならず,ギリシアや中近東にまで旅し,広く深い古典的教養を身につけた。処女作は《アレクシ,あるいは空しい戦いについて》(1929)。第2次大戦前《火》(1936),《とどめの一撃》(1939)などを発表したが,文名を世界的に確立したのは《ハドリアヌス帝の回想》(1951)である。1968年《黒の過程》によってフェミナ賞を受賞し,80年には史上初の女性会員としてアカデミー・フランセーズに入会した。作風は古典的で,〈歴史小説〉と見なされがちだが,好んで価値体系崩壊の時代に舞台を設定し,人間心理の深淵に明晰な視線を投げかけ,生の神秘を見きわめようとする彼女の関心は,現代の問題意識と密接につながっている。ヨーロッパ以外の文明,宗教,思想にも強烈な関心をもち,翻訳も手がけた(黒人霊歌,C. カバフィ,V. ウルフ,H. ジェームズ)。74年以降《世界の迷宮》と題される一種の回想録に筆を染め,《忍び草》《北の古文書》の2巻が出ている。晩年の作に《三島あるいは空虚のビジョン》(1981),《流れる水のように》(1982)があり,1982年秋,3ヵ月日本に滞在した。
執筆者:岩崎 力
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報