翻訳|labyrinth
ギリシア語のラビュリントスlabyrinthosが語源。古代の著述家たちがエジプトなどの神殿や宮殿にありとした複雑な構成の建物。しかしその遺構は確定できず,むしろそれを象徴する文様が歴史的に意味をもってきた。今日の迷路パズルの起源でもある。
古代の迷宮文様は,クレタ島,クノッソスの宮殿を舞台とする神話を背景として,呪符あるいは護符としての意味をもっていた。すなわち,クレタ王ミノスの妻パシファエと雄牛との間に生まれた牛頭人身の怪物ミノタウロスは,クノッソス宮殿にダイダロスが造った迷宮(ラビュリントス)に閉じ込められていたといい,アテナイの王子テセウスが,クレタ王女アリアドネの手渡した糸の導きでミノタウロスを倒して,迷宮から帰還する。これによって迷宮をあらわす文様は,苦難の旅,近づきえないもの,死からのよみがえりの象徴となったのである。
古代の著述家はエジプトに迷宮と呼ばれる複雑な構成の建物があったことを記しているが,しかしこれは迷宮文様とは関係なく,クレタの伝説の迷宮を象徴する文様のもっとも早い例は,前2世紀ころのクノッソスの貨幣に見られる。これは直交する2直線の両端がそれぞれ延びていって,互いに相手の先端を食わえ込もうとするものであって,その後も広く各地で用いられている。古典神話学者K.ケレーニイは,このパターンには,ひとたびは中心なる死へと向かい,ついで外周への旅に死よりのよみがえりを求める再生の思想が籠(こ)められているとし,そこに冥界への旅を主題とするダンス・パターンを見た。ヨーロッパ各地に残る迷宮文様の遺跡は,多くトロイアtroiaと呼ばれるが,これがおそらく同名の古代の旋回遊戯に由来するらしいのも,またケレーニイの説を補強するものであろう。
このクレタ型のパターンに見るごとく,古代から中世にかけての迷宮文様は,分れ道や迷い道のない一本道であり,ある図形の内部をまんべんなく回り尽くす構造になっているのが特徴である。迷宮文様は以後さまざまな形をとって各地に現れるが,それら相互間の関連については必ずしも明確には解明されていない。まず古代ローマの住宅の床にモザイクで描かれたものは,方形または円形を4または8のブロックに分け,そのおのおのを一筆描き式に取り尽くしては次に移っていく形式で,装飾や護符としての意味のほかに,すでにある種のゲームの場として用いられていた可能性もある。ついで中世に多見するのは,ゴシックの大聖堂の床などに石で象嵌(ぞうがん)されたもので,これは原則として12個の同心円が基本になり,その上を時計回り,反時計回りを交互に繰り返しつつ最終的に中央部に行きつく形式をとっており,この道の上を膝行して中心まで行くと,聖地への巡礼にひとしい意味をもったと伝えられる。今日,シャルトル大聖堂などにその遺構を見ることができる。
またイギリスを中心として芝生迷路(ターフ・メーズturf maze)と呼ばれるものが各地に残存しており,その多くは村邑の祝祭の際に競技に用いられたようだが,このパターンは先述のゴシックの大聖堂床面のものと一般に共通であり,おそらくその起源を同じころにもつと考えられる。さらに古代ローマの住宅型,あるいはゴシック大聖堂型のパターンの迷宮文様は,ルネサンス期の庭園においても生垣を利用して造り出されており,この場合もある種の呪符的な意味づけがあったと考えられる。しかし庭園にもっとも顕著に見るごとく,バロック期以後,迷宮文様はしだいに当初の秘教的なイメージを失い,謀計にみちた迷路として遊戯的な性格を強めていくことになる。
執筆者:横山 正
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
「ラビュリントス」のページをご覧ください。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…内耳とまったく同じ意味と考えてよいが,迷路が内耳を包んでいる組織をも含んだ総称である点に違いがある。側頭骨の中のいちばん硬い岩様部の中に迷路のような複雑な管腔,およびそれを包んだ硬い骨があることからこの名がついた。迷路は,外装をつくっている骨迷路(迷路骨包)と,その内側に包まれた膜迷路とからなっている。骨迷路内には,ほぼ髄液と同じ成分で,蝸牛導水管で髄膜腔に連なる外リンパ液が含まれている。この液は,聴覚に役立つ蝸牛と,体の振動,平衡に役立つ前庭と,頭の回転などを知覚する半規管とを満たしている。…
※「迷宮」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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