日本大百科全書(ニッポニカ) 「よしや思鶴」の意味・わかりやすい解説
よしや思鶴
よしやうみつる
琉歌(りゅうか)の女流歌人。生没年ともに不明だが、ほぼ18世紀初頭の人と推測される。擬古文の物語『苔(こけ)の下』(平敷屋朝敏(へしきやちょうびん)作、1730ころ)の主人公でもある。沖縄中部読谷山(よみたんざ)で育ち、遊廓(ゆうかく)に売られて那覇に出、悲恋のうちに18歳の生涯を閉じたという。「恨む比謝橋やわぬ渡さともて 情ないぬ人のかけておきやら」は、故郷から那覇仲島の遊廓に行くよしや8歳の作だという。伝説じみてはいるが、恨みの情を主調とするよしやの歌の特徴がみられる。恩納(おんな)なべと並ぶ代表的歌人であるが、作風は、懸詞(かけことば)や縁語をはじめ和歌の心と修辞を自在に琉歌に写し、洗練された美意識を表出する。
[外間守善]