改訂新版 世界大百科事典 「懸詞」の意味・わかりやすい解説
懸詞 (かけことば)
掛詞とも記す。和歌そのほかの古い文学で同音異義の2語を2回繰り返さないで,1語によって2語の役目を果たすように使われた語。ただし,同音といっても清濁の相違は問題とされない。懸詞の例をあげると,〈花の色は移りにけりないたづらに我が身世にふるながめせしまに〉(《古今集》)において,〈ふる〉が〈古(ふ)る〉と〈降る〉,〈ながめ〉が〈詠(なが)め〉と〈長雨(ながめ)〉を言い掛けたようなものをいう。この和歌では〈降る〉と〈長雨〉とを縁語というが,懸詞と縁語はともなって用いられることが多い。〈都出でてけふみかの原いづみ川秋風さむし衣かせ山〉(《古今集》)の〈みか〉〈かせ〉のように,一方では〈三日〉〈貸せ〉,他方では〈甕(みか)の原〉〈鹿背(かせ)山〉という地名の一部分だけにかかる懸詞もある。この和歌の懸詞は一方の意味が上の句から続き,他方の意味が下の句に続くのだが,文脈上は完全に意味がとおるとはいえない。前の和歌は表面的には〈古る〉〈詠め〉の線でいちおう理解でき,〈降る〉〈長雨〉は“裏の意味”ともいえるから,同じ懸詞ではあっても後の歌のとは構造がいくらか違うのである。《万葉集》では,枕詞・序詞に同音異義語を利用した〈我妹子(わぎもこ)をいざみ(〈いざ見る〉と山の名とにかける)の山〉の類は多いが,妻を見ることが実景でなければ完全な懸詞とはいえない。その発達が本格的になるのは《古今集》時代以後である。平安時代には物名(ぶつめい)/(もののな)という和歌の一体があったが,それは〈来(く)べきほど時過ぎぬれや〉(《古今集》)という句の一部に,鳥の名の〈ほととぎす〉を前後の意味・文脈と関係なしに隠し入れた類で,ふつうはこれを懸詞といわない。平安・鎌倉期の歌論・連歌論で〈秀句(しゆうく)〉と呼ばれるものには,懸詞のほかに当意即妙の気の利いた表現までも含まれることが多い。懸詞は時代が下ると似たようなものに固定する傾向が現れる一方で,和歌・連歌・俳諧・狂歌などばかりでなく,軍記物語・謡曲・浄瑠璃のような音曲的な文章でもたいせつな修辞法として用いられた。
執筆者:小沢 正夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報